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閑話1・辺境伯領編

烈火(ガリェーチ)の」


 ここは烈火(ガリェーチ)騎士団宿舎の入り口。

 扉を開けて外に出た俺に声をかけてきたのは、疾風(ヴェーチェル)の騎士団長だった。

 迅雷(グロム)騎士団は神聖ダリェコー教国へ派遣されている。

 今年、ラヴィーナ王国の短い夏が来たら、俺ら烈火(ガリェーチ)騎士団が交代で神聖ダリェコー教国へ行かなくてはならない。……あー、めんどくせー。

 思いながら、俺は彼に顔を向けた。


「よう、疾風(ヴェーチェル)の」


 こうして所属で呼び合うのは、きっとお互いを属性で呼び合う武竜たちに影響されているんだろう。


「王都へはいつ行くんだ?」

「焦るなよ、交代は夏と……ん? ちょっと待て。王都ってどういうことだ。そんな予定あったか?」


 バグローヴィ辺境伯領の騎士団は、辺境伯の配下にある。

 神聖ダリェコー教国へ派遣されるのは、向こうに武竜の契約騎士がいないからだぞ。

 王都は王家の近衛騎士か、衛兵隊が守るもんだ。

 疾風(ヴェーチェル)の騎士団長は、いつもの無表情で淡々と言う。


「イオアンナさまを棄てた国王を、このままにはしておけないだろう?」


 イオアンナさまはバグローヴィ辺境伯家の跡取り娘だ。

 ひとり娘だってのに、なぜか国王陛下の許婚にされていた。無理矢理婚約したくせに、この前公衆の面前で婚約破棄されたもんだから、辺境伯領の人間は王家に穏やかならざる気持ちを抱いている。


「気持ちはわからんでもないが、国王陛下はなにかお考えがあるのだろう。イオアンナさまがお望みでないのなら、俺らが余計なことをする必要はない」


 疾風(ヴェーチェル)の騎士団長は素直に頷く。


「俺もそう思う」

「は? じゃあなんで……」


 彼の眉間に皺が寄った。


「ご隠居さまが、無言の圧力をかけてくる」

「ああ……」


 ご隠居さまってのは、先代の辺境伯閣下だ。

 今はイオアンナさまのお父君で婿養子のイサークさまに家督を譲って引退なさっているのだが、そこは血気盛んな武竜の契約者。ご自身が辺境伯家に婿入りされる前から契約している武竜と一緒に、素知らぬ顔で騎士団の災霊討伐に加わっていた。

 数年前に奥方さまが亡くなられたので、止める人間がいないんだ。

 ご令嬢は経理で忙しいし、最愛の孫娘であるイオアンナさまも辺境伯領にいないしな。

 俺ら烈火(ガリェーチ)騎士団が神聖ダリェコー教国へ行くための準備で忙しいもんで、もっぱらの被害者は疾風(ヴェーチェル)騎士団ということになる。


「イサークさまが王都から戻ってイオアンナさまの話をしてくだされば、ご隠居さまも落ち着いてくださるさ」


 イオアンナさまは婚約破棄の後、王都にある別邸で閉じ籠っていらっしゃる。

 あのイオアンナさまが、武竜たっぷりの辺境伯領へ飛んで帰ってこないってだけで、婚約破棄には裏があるってわかりそうなもんだけど。

 まあご隠居さまは爺バカであらせられるからな。

 溜息をつく疾風(ヴェーチェル)の騎士団長を慰めて、俺は家へ帰った。

 今日は宿直の当番じゃないんだ。


☆☆ ☆ ☆ ☆


「お父さま!」


 家に入ると、長女のラリサが飛びついてきた。

 ラリサの後ろには、次女のアリサが皿を持って立っている。

 上は八歳で下は五歳。

 ふたりとも美人の嫁そっくりな自慢の娘だ。

 長女のラリサのほうは、俺に似てるって言われることもある。

 そーかなー、似てるかなー?……へへっ。

 まあ女の子が男親に似てるって言われても嬉しかねぇだろうから、言われても認めないようにしてるんだけどな。


「イオアンナさまのお好きなメレンゲを作りましたの。味見してくださいまし」

「……食べて」

「おう」


 皿に載っていた自称『メレンゲ』は、単なる甘い白身焼きだった。


「焼くときに泡が潰れちゃったんじゃないか?」


 正直な感想を伝えると、ふたりはがっくりと肩を落とす。


「今度イオアンナさまがお帰りになるまでに、メレンゲを作れるようになるかしら」

「……かしら」

「ま、王室御用達の菓子店みたいになるのには、もっと修行が必要ってとこだな」

「王室……」

「……」

「どうした?」

「お父さまは、いつ王都を襲撃するんですの?」

「ですの?」

「へ?」

「突然の婚約破棄だなんて、バグローヴィ辺境伯家に対する侮辱ですわ」

「ですわ」

「王さまにはお仕置きが必要です」

「ですのよ?」

「あ、いや……おーい、夕飯はまだか?」


 台所から出て来た嫁は、白身焼きの残りの黄身を焼いたものを持ってきてくれた。

 夕飯は作っている途中だから、これでも食べていて、と言われる。

 俺は黄身を咀嚼しながら、ふたりの娘に返す言葉を考えた。

 たまに実家へ戻ってくるイオアンナさまに妹分として可愛がられてきたので、うちの娘たちはイオアンナさまが大好きなんだ。

 武竜バカで知られるイオアンナさまは、武竜にも好かれている。

 イオアンナさまを大好きな俺の契約武竜が、頭の中に話しかけてきた。

 一応竜将なんでしゃべれるんだ。

 コイツが俺と契約してくれたおかげで、貴族出身の嫁と結婚できたんだよな。


(案ずるな、王都の武竜など我ら辺境伯領の武竜の敵ではないわ)


 いや、人間同士が武竜の力で戦うのは、試合や相対稽古以外ダメだから。

 ……イオアンナさま、お願いですからご隠居さまやうちの娘、武竜たちを抑えてやってください。

 俺は、心の中で願って溜息をついた。

 とはいえ、婚約破棄以上にとんでもないこと──たとえば国王陛下が新しい婚約者を披露するなんてことでもなければ、いくらご隠居さまでも王都に突撃したりはしないと思うぜ? うん、たぶんな。


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