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26・明かされた真実

「……ゴトフリート先生」


 ヴェニアミンさまが戻ってきたのは、机と椅子を元の位置に戻し、厨房の掃除も終わって、みんなで揚げたお芋を摘まみ始めたときだった。

 ゴトフリート先生は食べかけのお芋を飲み込み、優雅な仕草で椅子から立ち上がる。

 紅が引かれた唇の端には塩のかけらもついていなかった。

 もちろん指先にも油など残っていない。

 わたしはそっと自分の手を見た。

 油で汚れた肌に塩だけでなくお芋のかけらもついている。

 十三年間王宮で未来の王妃としての教育を受けて来たのに、淑女になる日は遠い。

 ま、まあ? 今はイオアンだから、うん、問題ないよね。


「ヴァルヴァーラ嬢はお帰りかい?」


 ゴトフリート先生の問いにヴェニアミンさまが首を横に振る。


「いえ、あの……姉が先生にお話があるようなのですが」

「僕に話……うん、わかった。ヴェニアミンくんは?」

「私も一緒に」


 ヴェニアミンさまがゴトフリート先生に手を差し伸べて、ふたりは騎士と姫君のような様子で面会室へと向かう。

 残されたわたしたちは顔を見合わせた。


「なんなんだろうな? もしかしてヴェニアミン、ゴトフリート先生とつき合ってんの?」

「あーあるかも」


 ダヴィートの軽口に、フォマーが溜息をついてわたしを見る。

 な、なに?


「ほら、ヴェニアミンさまって多少世間知らずなところはあるけど基本常識人だから、イオアンの武竜好きに引いてるでしょ? 同じくらい武竜好きだっていうイオアンナさまへの気持ちも最近微妙になってきたみたいだから」

「イオアンナ嬢よりゴトフリート先生のほうが淑女力高いもんな」

「……いや」


 違うと思う。

 そりゃわたしがイオアンナに戻っても、ゴトフリート先生の淑女力には敵わないだろうけど、今の呼び出しは……ヴァルヴァーラさまの告白ではないかしら。

 彼女の気持ちを先生に伝えたことは、本人にも手紙で伝えている。

 気持ちといっても謝罪だけだけど。

 だから今度は、本当の気持ち、好きだという想いを伝えにいらしたんじゃないかな。

 はっきりと口にされてはいないものの、以前会ったときの言動からして、ヴァルヴァーラさまがゴトフリート先生、麗しの大公に恋しているのは明らかだもの。


「……」

「イオアン?」

「どうした、まだ芋残ってるぞ。イオアンナ嬢を腐したから怒ってんのか?」

「……そういうわけじゃ、ない」


 ヴァルヴァーラさまがゴトフリート先生に告白して、先生がそれを受け入れたとしても、ふたりが幸せになれる保証はない。

 貴族の結婚では、恋愛感情よりも政治や権力の釣り合いが優先される。

 個人の感情より家名が大切なのだ。

 でもヴァルヴァーラさまはしっかりしていらっしゃるから、家に関するすべての問題を片付けた上で求婚に来られたのかもしれない。

 ヴァルヴァーラさまはわたしたちよりひとつ年上だから、次の春を迎える前に淑女学院を卒業なさる。

 卒業後に結婚することを知らしめるのなら、今度の園遊会や武竜会はちょうどいい機会だ。


 ……うん、そうよね。


 我が家だってある意味恋愛結婚。

 少なくともお父さまはお母さまにずっと恋していらっしゃった。

 家を守る武竜は赤ん坊のころから見てきた子どもたちの気持ちを考えてくれる。

 いくら政治や権力の釣り合いが大切でも、その家の武竜に選ばれない人間を跡取りにはできないもの。

 そのおかげか、ラヴィーナ王国は近隣諸国と違って愛人を持つ貴族は少ない。

 逆に庶子がいないせいで貴族の人口が少なく、武竜に選ばれて婿養子に入る平民が多いという側面もある。

 だから──


「ん、どうしたイオアン。さっきからよく見つめてくるが、なんか話でもあるのか?」

「それもあるしねー」

「フォマー?」

「ダヴィートさあ、イオアンナ嬢と上手く行ってるんでしょ? そりゃ兄のイオアンは気にするし、恋敵のヴェニアミンさまのほうは張り合う気力が失せていくよ」

「上手くなんか行ってねぇよ。イオアンだって妹に聞いて知ってんだろ?」


 え、そうなの?

 わたしは、結構仲良くやっているつもりだった。

 そりゃ恋愛っていうほどの関係では……ないと思うけど。

 ダヴィートが溜息をついて言葉を続ける。


「イオアンナ嬢はさっきフォマーが言った通りの武竜好きだし、家に来ても弟たちとばかり遊んでる。もちろん出かけるときも弟たちが一緒だし、土産に持って来てくれるのは王家やほかの貴族からもらったっていう菓子以外は巻き巻きリンゴだけで……彼女、絶対俺より料理下手だぜ」


 ふふっと、フォマーが笑い声を漏らす。


「ダヴィート、それノロケにしか聞こえない。そんな女性だけど、そんなところを含めて好きなんでしょ、君は」

「……まあな」


 恥ずかしそうに俯いたダヴィートと同時に、わたしも顔を伏せた。

 心臓がきゅーっと締めつけられる気分だ。

 バグローヴィ辺境伯家自体は、わたしが選んで炎の竜王に認められた人間でさえあれば、身分など関係なく婿として迎えるだろう。

 これまでもそうだった。

 ただわたしは──ユーリアのことを思い出し、火照った体が冷めていく。

 ユーリイ国王陛下は、わたしとの婚約破棄の本当の理由をまだ教えてくれていない。

 ダヴィートが言っていたように、たまにわたしの好きなお菓子を別邸に届けてくれるくらいだ。手紙を書いても当たり障りのない返事しか戻ってこなかった。

 隠された理由なんてなにもなく、わたしに武竜まみれの学院生活を遅らせてくれるためだけのものだったのかもしれないけれど、それはそれで今後のことが気になる。

 ユーリイ国王陛下は、ユーリアは、これからどうするのかしら。


「まだお芋は残ってるかい?」

「「「ゴトフリート先生」」」


 食堂に戻ってきた先生に呼びかけて、わたしたちは息を呑んだ。

 彼の背後には、弟のヴェニアミンさまに付き添われたヴァルヴァーラさまがいる。

 武竜学院は面会室以外は女人禁制だ。

 だからこそ、イオアンナはイオアンになっているのに。

 ゴトフリート先生は笑顔で言った。


「さあ、みんな僕の周りに集まって。もちろんお芋のお皿も忘れずに。お茶も欲しいな。……ヴァルヴァーラ嬢、焦る気持ちはわかりますが、令嬢を迅速に助けるためにも情報共有が必要です。相手は邪悪だ。知らずに挑めば彼らも犠牲になりかねない」


 無言で首肯したヴァルヴァーラさまが隣に座ると、ゴトフリート先生は長い話を語り始めた。


★ ★ ★ ★ ★


 どこから話したらいいのかねえ。

 とりあえず最初から話そうか。……いや、最初ってどこかな。

 えっと、王都の地下に邪神が封印されている話は、みんな知ってるよね?

 実は神聖ダリェコー教国、竜神教の内部には、邪神を目覚めさせて世界を滅ぼそうという過激派──狂信者がいるんだ。

 争い合い自滅した竜も、世界を創った竜母さまを邪心で穢した人間も失敗作だから、世界は最初からやり直すべきだって言ってね。

 彼らは敬虔な竜神教徒、他者への慈愛に満ちた聖職者を装いながら、人々の悪心を煽り諍いを起こして、封印された邪神へと邪気を送り続けてきた。

 その裏で封印を解いた後に邪神を意のままに操る方法を探していたんだ。

 自分たちは滅びるべき世界の一部じゃないと考えているんだね。

 残念ながら、彼らはその方法を見つけてしまった。


 ひとつは、女性に邪悪の鱗を埋め込んで、封印された邪神と共鳴させること。

 ふたつ目は、武竜に邪気を与えて闇の属性を創り出すこと。


 共鳴した女性──巫女によって邪神を操り、その邪気を闇属性の武竜に吸収させて力を高める。

 最終的には邪神が世界──これまでの体制を壊した後で、邪神の力を受け継いで強化した武竜によって独裁的な恐怖政治を行う、っていうのが望みだと思う。

 ここまでわかっているのは、君たちのご両親が君たちくらいの年ごろだったときに、大陸各地から攫われて改造されかけていた巫女たちが発見されるという事件が起こったからだ。

 闇の属性に変えられた武竜は、竜母さまほど心が強くないので邪気を与えられる過程で心が壊れてしまう──意識を失い持ち手の思うがままに動く、道具になるんだ。

 しかし、ある一柱の武竜は闇の属性に変えられても心を失わなかった。

 心を持ち続けていることを隠して狂信者に従い、巫女やほかの武竜たちを救える機会を待っていた。

 遂にそのときが来て、巫女は解放された。

 穢された武竜たちは狂信者ではない真っ当な竜神教徒に預けられて浄化された。

 浄化不可能な状態にあるもの、また自分から望んだ武竜は打ち壊された。


 このことが秘密にされた理由はわかると思う。

 武竜が契約者を選べない、ただの道具になったほうが都合いいと思う人間はたくさんいるからね。

 どんなに災霊討伐に尽力しても、武竜の存在でラヴィーナ王国だけが力を持っているのは不公平だと喚く人々がいるくらいだ。

 ラヴィーナ王国から派遣された騎士団をどの土地の災霊討伐に差し向けるかを決めるのは神聖ダリェコー教国なのに、討伐を後回しにされた国や都市はラヴィーナ王国を責めるしね。

 神聖ダリェコー教国は狂信者たちを始末したけれど、彼らは全滅していない。

 今もこっそりと誠実な竜神教徒の仮面をつけて暗躍している。

 いや、していたんだ。──隣国リョート王国でね。


 国王の名のもとに集められた女性の多くは、邪悪の鱗を埋め込まれて改造された。

 重税に苦しみ、貧しさの中で罪を選ぶ人々の悪意が、密かに集められた武竜たちを穢していった。

 革命を起こしたのも、多くの人々を苛み殺していく理由づけに過ぎない。


 ──でも彼らがどんなに邪悪の限りを尽くしても、新しい巫女は生まれなかったんだ。


 邪悪の鱗を埋め込まれた時点で、女性は死ぬ。

 そして彼らは思い出したんだ。

 前回生き残り、巫女と呼べる段階まで邪悪の鱗を受け入れた女性たちはみんなラヴィーナ王国の出身だったと。

 武竜とともに暮らし、その力を浴びて生まれ育った人間だからこそ邪悪の鱗に対抗できていたのだと。


★ ★ ★ ★ ★


 話し終えたゴトフリート先生が、ヴァルヴァーラさまに視線を送る。

 彼女は絞り出すような声で言った。


「……今日、淑女学院の生徒が攫われました。王都内の別邸へ戻る途中の道で、ボロボロになった馬車と御者や護衛の死体が見つかっています。死体の損傷具合から狂信者たちの仕業であることは明らかです。学院は王家に報告していますし、偶然事情を知ってしまった生徒たちには口外を禁じました。でも……」


 ヴァルヴァーラさまは正義感が強く、本来なら約束を破るような方ではない。

 だが今の状況はあまりに特殊だったから、王家の親衛隊や衛兵隊の対応を待つだけでは不安になったのだろう。

 それでヴェニアミンさま……ううん、ゴトフリート先生に相談に来たのだ。

 先生が、優しくヴァルヴァーラさまの背中を撫でる。


「淑女学院の対応が間違っているとは思わない。だけど邪悪ってものは、こちらが正当な手続きを踏んでいる隙に蔓延るものだ。ましてや敵には穢された武竜たちがいる。今すぐに動けて頼りにできるのは君たちだと思うんだけど、どうかな? 令嬢の捜索に力を貸してくれないかい? もちろん武竜の力を発動してもらっていい。その辺りは僕が上手くやっておくよ」


 わたしたち四人は頷いた。


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