21・巻き巻きリンゴとメレンゲと
闇の日のお昼過ぎ、ダヴィートの家の扉を開いたわたしは、小さな瞳と目が合った。
「……イオアニャ?」
「カルル?」
「イオアニャ!」
「カルル!」
「イオアニャー」
「カルルー」
飛びついてきたカルルを抱き締めて、わたしはくるくると回った。
背後に立ったダヴィートが、呆れたような声を上げる。
「早く中に進んでくんねぇと俺が動けないんですけどね、イオアンナさま」
「ごめんなさい」
彼は馬車の到着を迎えて、わたしが持参したお土産を運んでくれていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あ、イオアンナだ!」
「イオアンナ」
「イオアンナ」
居間に入ると、アントンと双子が駆け寄ってきた。
揺り椅子で刺しゅうをしていたお母さんが立ち上がる。
赤ちゃんは彼女の隣の揺りかごで眠っているようだ。
「イオアンナさま、いらっしゃいませ」
「お邪魔します。お土産を持ってきましたので、みなさんでどうぞ」
「お袋、お菓子もらった。お茶淹れるから、みんなでいただこう」
「あらあら。ありがとうございます」
「大したものではないです。喜んでいただけたらなによりです」
ダヴィートが台所に行き、お母さんは椅子に座り直した。
わたしも長椅子に腰かける。
アントンが隣に陣取った。カルルはわたしの膝の上だ。双子は……どこかしら。
「ねえイオアンナ、俺が描いた絵見た?」
「うん見たわ。とても上手よね」
「まあな。影の付け方、ちょっと工夫してみたんだぜ」
「影……?」
首を傾げるわたしに、アントンも首を傾げる。
先週見せてくれたのは、線画だった気がするのだけれど。
アントンは鼻を鳴らした。
「イオアンのヤツ、しょーがねぇなあ」
「わた……兄がどうかした?」
「こないだ描いた絵に色塗ったヤツ、兄ちゃん経由で託してたんだ。イオアンナに渡してくれって」
「あ、悪ぃ」
ダヴィートが台所から顔だけ出した。
「今週はいろいろ忙しかったんで、イオアンに渡すの忘れてた」
「えー! しょーがねぇのは兄ちゃんだったのかよ」
アントンが唇を尖らせる。
「仕方ねぇだろ。先輩に勝負挑まれたりして、大変だったんだから」
「ダヴィート、大活躍だったのよね」
わたしがすかさず言うと、彼は苦笑した。
「あんたの兄さんには負けるよ」
いえいえ、そんなことは。おほほほほ。
嬉しくなっちゃうのは、わたしも武竜脳だからかもしれない。
ダヴィートが台所に引っ込むと同時に、双子が絵本を持って走ってきた。
「こないだの続き読んで」
「読んでー」
「おえも聞くー」
「はいはい」
わたしが絵本を受け取ると、アントンはちょっと考えてから、双子に席を譲って台所へ駆けていった。……結構ちゃんと、お兄ちゃんしてるんだ。
台所からアントンの元気な声が聞こえてくる。
「兄ちゃん、俺手伝う。うわ、これなに。イオアンナのお土産? いち、にい……人数分取っても一個余るから、俺食べてもいい?」
「お前、さりげなく親父の存在を消すな」
「仕事でいないんだからしょーがないじゃーん」
お土産が気になっただけかも。
わたしは絵本の続きを読み始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お茶入ったから、イオアンナさんの土産食うぞー」
「はーい」
「食うぞー」
双子たちが食卓へ迎い、カルルがわたしを見上げてきた。
「わたしたちも行こうか」
「ん……」
「どうしたの、カルル?」
「……おえ、こないだ、寝ちってゴメンね」
「わたしこそ、寝ている間に帰っちゃってゴメンね」
「んーん、イオアニャ悪くない」
「カルルも悪くないよー」
「……おえのこと、怒っちる?」
「怒ってないよ、大好きだよ」
「おえもイオアニャ好きー」
「もー!」
気がつくと、腰に手を当てて頬を膨らませたアントンが目の前に立っている。
「オヤツの時間なんだから、早く来なくちゃダメだろ?」
「「はーい」」
声を揃えて笑い合い、わたしとカルルは食卓へ向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
お土産は、昨夜わたしが作った巻き巻きリンゴと、今朝王宮から届いたメレンゲ。
メレンゲの贈り主はユーリイ国王陛下だ。
前に送った手紙の返事も同封されていたが、友達ができて良かった、武竜学院での日々を楽しみなさいと、当たり障りのないことしか書いていなかった。
ユーリアが元気なら、それはそれでいいのだけれど。
「巻き巻きリンゴ?」
「うん。カルルのために、昨日リンゴの砂糖煮を小麦粉の皮で巻き巻きしたの」
「メレンゲ?」
「それはもらったの」
「王室御用達の菓子店のか」
ダヴィートが呟くように言った。
光の日に図書室で食べたのと同じお菓子だから、飽きちゃったかな。
「王室御用達?」
「オーシツゴヨータシってなに、ちぃ兄ちゃん」
「なになに?」
「王室御用達っていうのは……王さまも大好きってことだよな、兄ちゃん」
「ああ、そんなもんだ」
「ゴヨータシ」
ほほうと頷いて、カルルがメレンゲを齧る。
ふむふむと呟いて、もう片方の手に持った巻き巻きリンゴも齧る。
なるほどーと感慨深げに口にして、カルルはわたしに微笑んだ。
「んまい」
「良かった」
ほかの子たちにも好評なようだ。
図書室でメレンゲを食べたときも顔がほころんでいたし、ダヴィートは甘党なのかもしれない。
結局最後は、いないから仕方がないということになって、お父さんの分をみんなで分けて食べていた。お母さんが自分の分を渡そうとしたときは、さすがにみんな遠慮していたけど。
こんなに喜んでもらえるなら、もっと作って持ってくれば良かったな。
……好評だったの、メレンゲだけだったりして。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
絵本を読んだりお絵かきをしたり、おしゃべりをしていると、時間なんてあっという間だった。
ダヴィートは家の片付けをしたり赤ちゃんのオムツを替えたりと、ずっと甲斐甲斐しく働いていた。なんか……お客とはいえなにもしないで申し訳ない。
先週と同じように、子どもたちと遊んでいてくれるだけで助かるとは言ってもらえたんだけど。
お夕食までご馳走になって、そろそろ帰る時間がやって来た。
「イオアニャ、帰る?」
「うん、そろそろ馬車が迎えに来るの」
「家の外で待ってたほうがいい。俺が付き添う」
「ありがとう。……カルル、またね」
「……イオアニャ、また来てね」
「兄ちゃん、ちゃんとイオアンに俺の絵渡しとけよ」
「わかったわかった」
「イオアンナ、またね」
「またね」
「またー」
「今日はありがとうございました」
「こちらこそお世話になりました」
大人数で立っているのもなんだし、カルルは泣いてしまうかもしれない。
わたしはずっと抱っこしていたカルルをお母さんに託し(お父さんに渡そうとしたら嫌がられたので、お父さんは衝撃を受けていた)、ダヴィートと一緒に玄関を出た。
春も深まり、日に日に昼間の時間は長くなっていたが、辺りの町並みはもう闇に閉ざされている。住宅地なこともあって、人通りはない。
たまに実家に里帰りはしていたけれど、十三年間ずっと王宮で暮らしてきたわたしには、久しぶりに味わう暖かな家族の空気だった。
離れてしまうのが寂しい。
隣に立つダヴィートが、ぽつりと言った。
「……王室御用達が届くってことは、あんたと国王陛下、ケンカ別れってわけじゃねぇんだな」
「うん。わたしも……婚約破棄の本当に本当の理由はわからないの」
「あんたさあ、国王陛下のこと好きなの」
「好きよ」
「そっか……俺は」
ダヴィートは、意外な言葉を口にする。
「あんたのこと、好きだよ」




