20・先輩方との勝負
「イオアン、お前は好きにしろ」
今日、大地の日の昼休み、食事の後でダヴィートが言った──
わたしたちはいつものように机をよっつくっつけていて、戦術学の教科書を持ったヴェニアミンさまが、その発言に目を丸くしていた。
フォマーも頷きながら言う。
「それがいいね」
「……俺が司令になって、みんなに指示を?」
「そういう意味じゃない」
「イオアンにそんな頭を使うことできないでしょ」
「こっちが指示しても伝わらなそうだから、お前は自由に動け。こっちが合わせる」
「でもダヴィート、フォマー。相手は先輩方だ。少しは戦術も考えておいたほうがいいのではないだろうか」
「ヴェニアミン、俺たちはまだかけらも戦術を学んでない。侯爵令息のあんたは家庭教師から教わってるのかもしんねぇが、俺とイオアンはさっぱりだ。それに、基本が大事なのは事実だが、向こうは俺たちよりも戦術を知っている。下手に策を弄しても足元をすくわれるだけだ」
「対人戦の相対稽古も僕たちより長くやってるわけだしね」
フォマーは溜息をついた。
賭け券のことはともかくとして、負けること自体はイヤなようだ。
「イオアンの武竜バカにでも賭けねぇと、勝機はつかめない」
「ああ……」
ヴェニアミンさまは、なぜかすべてを諦めたような目でわたしを見た。
大地の日の午前中の授業は武竜学。
ゴトフリート先生にちょっとした質問をされただけで延々と武竜の話をしたからって、そんな目で見なくてもいいと思う。
実際のところ武竜の属性による相性は絶対的なものではない。
炎は大地を焼き、大地は風を封じ、風は水を動かし、水は炎を消す。
光はすべての力を高め、それでいてほかの力を圧倒する。……とされている。
直接攻撃の力として使っていなくても、武器同士の根性勝負にも影響する法則だ。
これはウソではないけど本当でもない。
子どものころから武竜たちに話を聞いてきた。
確かに炎は大地を焼くが、必ずしも大地に対して悪い結果になるわけではない。
焼いたことで生じたものが大地を肥やすこともある。
水が炎を消したことで、どちらにも不都合な爆発が生じることだってあるのだ。
「……俺、好きにする」
「ああ、そうしろ」
──ダヴィートの笑顔を思い出しながら、一直線にレオニートさまの元へと向かう。煌めく大地の半月刀に炎の銀弓。武竜の力は使えないので、弓でぶん殴るつもりだ。
が、わたしが振りかぶった腕を降ろす前に、ドミトリーさま登場。
風の細剣でわたしを突いてくる。
打撃武器としても使える大剣のほうが向いていそう。
でも武器の形で武竜を選ぶことなんてできないものね。
思わず呟きが漏れた。
「……良かった」
「ん?」
結果がどうなるかはわからないとはいえ、基本的に水は風に弱い。
ムチスラフ先輩と一緒に動いているボリス先輩はもう止められないけど、ダヴィートやフォマーの水属性の武竜に優位な風属性の武竜を、ここで抑えられるのは幸運だ。
わたしたちはまだ、とりあえず当たってみて上手く行くほうに賭けるほど追いつめられてはいない。勝負は始まったばかりだ。
「……ぐっ」
弓の先で胸を突き、思わず体を曲げたドミトリーさまの頭をつかんで背中に飛び乗る。
ドミトリーさまが地面に崩れ落ちた。
まあ鍛えてるだろうから、このくらい平気よね。
迷いなく襲い来る半月刀を避けて、レオニートさまの足の間に弓を差し込む。
弓は遠距離攻撃の武器です。
鋭い刃を持つ武器と根性勝負はできません。
転倒しかけたレオニートさまを引き寄せて、ドミトリーさまに重ねて上に乗る。
はい、戦闘不能がふたりでき上がり。
(いつもありがとう、光の竜王姫。あなたのおかげで男性に負けないくらい体を動かせるわ)
(うむ、なかなかの戦いぶりじゃの)
(……)
武竜の力で矢を放たなかったので、リェンチャイも楽だったみたい。
瞬発力や腕力は光の竜王姫の力を借りてのものなのだけれど、攻撃自体に使っているわけではないから問題ない。レオニートさまだって、さっき急所は金色の鱗のようなもので守っていたものね。あれがレオニートさまの武竜の力。
やっぱり大地属性の武竜だから、ヴェニアミンさまの武竜の力と似ている。
わたしは自陣地を振り返った。
「イオアン、君は体の割に軽いな」
「そうなのか? じゃあ俺が苦しいのはレオニートのせいか」
わたしの下で、レオニートさまとドミトリーさまが呻く。
この筋肉質で大柄な体は、光の竜王姫の力で覆ってもらってるからですから。でも相対稽古で毎日動いている甲斐あって、本当の体も少し逞しくなった気がしている。
「そうはいっても俺も苦しいよ。勝負ありってことで、降りてくれないか」
「……レオニートさま、降りたらヴェニアミンに突撃する」
「お見通しか」
「あー、イオアン賢いな。でもそっか。俺も降りてもらったら攻撃再開するな」
ボリス先輩の投げた対の短剣は、ダヴィートが鞭で奪い取ったらしい。
風の短剣が水を動かしても、何重にも巻かれた水の鞭はとどまったのだ。
フォマーの鎖が、先輩の体を捕えている。
ムチスラフ先輩の爪は炎属性でヴェニアミンさまの大地の斧に優位だが、重さと用途が違い過ぎていた。いくら交差させていても、爪は斧との刃の根性勝負に向いてない。
ほら、押し負けた。……って!
体勢を崩して地面に腰を降ろしたムチスラフ先輩の上に、ヴェニアミンさまの斧が降りていく。
というより落ちていく。
緊張で体を制御できなくなってる!
騎士団宿舎の腕試しをくぐり抜けられても、災霊討伐で暴走してしまう新米契約者は多い。
戦いに酔うものもいるし、今のヴェニアミンさまのように動きを止められなくなるものもいる。
お父さまもそうだったという。
当時は曽祖父、ひいお祖父さまがご存命だったので、同行していた自分が殴りつけて正気に戻したと、お祖父さまが嬉しそうに教えてくれたっけ。
武器の姿の武竜は、契約者以外には重たく感じる。
ヴェニアミンさまの大地の斧は特に重いだろう。
ムチスラフ先輩が危ない。
わたしは弓を構えた。
もちろん普通の構え方ではない。投げ槍風だ。
「君、仲間にも容赦ないんだな」
わたしが投げた弓は、ヴェニアミンさまの腹部には当たらなかった。
彼の後ろにいた見物人が悲鳴を上げて左右に割れ、さらに後ろの校庭の木の幹に突き刺さる。いえ、レオニートさま。あそこまで力を入れてるつもりはなかったんです。
わたしも興奮していたらしい。
ヴェニアミンさまが無事だったのは、とっさにボリス先輩の短剣を落とし、ヴェニアミンさまを鞭で捕らえて尻もちをつかせたダヴィートのお手柄だった。
「イオアンお前、好きにやり過ぎだ!」
「……悪い」
ゴトフリート先生が笑いながら、勝負の終わりを告げる。
先輩方に賭けていた見物人が何人か、情けない声を上げて座り込んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……勝ったのは嬉しいけど、賭け的には残念だったな、フォマー」
夕焼けに照らされて寮へと戻りながら言うと、彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「なに言ってるの? 先輩方の賭け券を持ってるのを見せたのは、そっちを買わせるためだよ。最初から僕、負けるつもりなんかなかったから。それにね、賭けっていうのは絶対に、胴元が儲かるようにできてるんだ」
……フォマーさまって呼んだほうがいいかしら。
彼やヴェニアミンさまも手伝ってくれたので、食堂の掃除は思いのほか早く終わり(ダヴィートの指示が適切だったのもある)、わたしたちはそれぞれの帰る場所に帰った。
「ふわあ」
光の竜王姫の力を借りるといつも疲れて、すっごく眠くなる。
だけど今夜は明日に備えて、わたしは別邸の厨房でアクビを漏らしながら、巻き巻きリンゴを作ったのだった。
早くカルルに会いたいな。




