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19・必殺課題請負人

「なんだ?」


 部屋の扉を叩くと、ダヴィートの声が返ってきた。


「……俺だ、いいか」

「ああ、入れよ」


 カタンと机の引き出しが閉じる音がして、わたしは中に入った。

 意外なことに彼は、机に向かって勉強をしていたようだ。

 いや、入学試験二位の成績だし、頑張っているのは当然なのだが、わたしが自室で終えてきた数学の課題をまだやっているのが意外だったのだ。


 って違う!


 机上に開かれた教科書から察するに、ダヴィートがやっているのはわたしと同じ課題ではなく、上級生から請け負った課題のようだ。

 光の日の礼拝と午後の相対稽古以外の授業は、学年と組によって異なる。

 わたしたち新入生と同じように、今日数学の授業があった上級生がいたのだろう。

 ううん、先週の水の日か大地の日にあったのかもしれない。


「……お疲れさま」

「そうでもない。数学は好きだから。つうか、なんの用? 先輩との勝負ならやる気はないぜ?」

「……ああ、それじゃない」

「そうなのか? てっきりヴェニアミン辺りに頼まれたのかと思った。アイツ、みんなで仲良くやりたがるから。それか、上につなぎをつけたいフォマーが」


 わたしは首を横に振った。

 他人が嫌がることを強要する趣味はない。

 好きなことを否定するのも嫌いだ。

 まあ要するに、自分が武竜バカを卒業できないだけなんだけど。

 ダヴィートが一昨日の災霊討伐に関わっていることは、一部の人間以外には秘密にされている。フォマーやヴェニアミンさまにも言っていない。

 だから先輩方が意識しているのは、わたし、バグローヴィ辺境伯の隠し子ということになっているイオアンだけだ。

 あ、大地の竜王を連れてきているヴェニアミンさまも意識されてるかも。当主と跡取りの両方と契約すること自体は普通でも、家の誇りである竜王が跡取りのほうと行動を共にしているのは珍しいものね。

 今のところ武竜関係で目立っていないダヴィートは、勝負に参加しなくても大丈夫なんじゃないかな。


「……違う話」

「違う話ってなんだよ、穏やかじゃねぇな。……まさかバグローヴィ辺境伯閣下が、騎士団引き連れて俺を締めに来るってのか?」

「……父親じゃなくて妹のほう」

「イオアンナ……さん?」

「……呼び捨てでいい」

「お、おう」

「……昨日話してたお宅訪問、行ってもいいか? 馬車で送り迎えしてもらえば大丈夫だと、イオアンナから手紙が届いた。闇の日でどうだ」

「昨日お前が手紙出して、今日返事が来たのか?」


 不自然だったかしら?

 でも早く伝えておきたかったのよね。

 週末カルルに会えると思ってれば、わたし自身楽しく過ごせるし。

 数学の課題も、遊びに行くと伝えておいてからすれば良かったかな。……ううん、これだけは楽しめない。


「……イオアンナ、早く伝えたくて別邸の人間を急がせた」

「はは、やっぱ閉じ籠ってると退屈なんだろ。わかった。そもそもこっちから誘ったんだし、楽しみにしてる。馬車が迎えに来るんなら、夕食もどうぞって伝えておいてくれ」

「……わかった。じゃあ、お休み」


 挨拶を済ませて扉に向かうわたしの背中に、ダヴィートが呼びかける。


「ちょっと待て、イオアン」

「……なに?」

「お前は先輩方と勝負するんだよな」

「……うん。見物人にも武竜を武器の姿にしてもらうことにした。楽しみ」

「なんだ、そりゃ」

「……本当は幻影の姿を見せてほしかったけど、戦闘中にそうそう見てられないから」

「お前、ってかお前ら兄妹、本当に武竜バカだな」

「……照れる」

「褒めてねぇし。……お前、先輩方と勝負したら、それ妹に話すの?」

「……話す」


 ということにしておかないと、いろいろ問題がある。

 なにしろ伝える必要もない同一人物なんだから。


「そっか、そうだよな。話聞いてるとなんでも伝えてて、仲良さそうだもんな。……俺も先輩方との勝負に参加しようかな」

「……無理しなくていい。食堂の掃除があるんだろ」

「芋料理の研究は来週からにして、家に帰るのを遅らせれば大丈夫だ」

「……ダヴィートが一緒なら俺も心強い。掃除、手伝わせてくれないか」

「おう、手伝え。その代わり、賃金はちゃんと山分けするからな」

「……それは悪い。図書室のときとは事情が違う」

「いいんだよ。ただし来週も手伝うこと。良く考えたら、ひとりで掃除するには食堂は広過ぎた」

「……なるほど。ダヴィートが良かったら、ずっと手伝う」

「まかせた。じゃあまた明日な」


 改めて帰りかけて、わたしはふっと振り返った。


「どうした?」

「……なんでもない」


 さっきから話の途中で、ダヴィートがちらちら引き出しに視線を送っていたのが気になったのだ。

 まさかとは思うけど、隠しているほうの武竜を武器の姿で仕舞っているとか?

 うーん。でもダヴィートがいる状態で心の声で呼びかけるのはどうかと思うし。

 廊下に出て、わたしは自分の左足に視線を落とした。


(楽しみじゃな、イオアンナ!)

(……)


 右腕のリェンチャイは、あまり楽しみそうではなかった。

 怠け者だから、仕方がないか。

 相対稽古と一緒で、攻撃に武竜の力は使わないから安心して寝ててちょうだい。

 武器の形で礼拝堂に飾られてる武竜の意識は、大体寝てる。

 たまになんとなく起きたとき、気が合いそうな人間がいたら呼びかけて契約を申し込むのだ。まあ人間以外の存在は元々用事がないときは、ほかの用事を探したり作ったりせずに寝ているものだけどね。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 翌日風の日の午前中は作法の授業。

 初めて学ぶ平民の生徒も多いので、長期休暇までは午前中いっぱいやる。

 武竜祭が近くなったら、ダンスもするのかな。

 長期休暇の後は、午前中を前半と後半に分けて、どちらかは戦術学の授業になる予定。

 水の日の竜神学の授業は、初回で神話を終えたので、セーヴェル大陸の歴史が始まった。

 貴族も平民も家や礼拝堂で教わったことのある話のせいか、パーヴェル司教の渋い声も相まって居眠りする者が続出だ。たまに入る雑談や小話は面白いんだけど……わたしも何度か寝落ちした。


 ──そして大地の日。

 この前の、わたし、ダヴィート、ヴェニアミンさまの三人以外の生徒が、武竜の力を使って幻影の姿を見せてくれた。

 やったー!

 ああ、うん。光の竜王姫(リェーヴァヤ)が一番綺麗よ?

 先住猫が一番。猫じゃないけど。

 そういえば先週は、フォマーも発表しなかったのよね。

 なんか意外、と昼休みのときに言うと、わたしほど神経が太くないのだと、真顔で言われた。フォマーには負けてますー。もうヴェニアミンさまにも普通に話してるし。たまに思い出して丁寧語で話すのは、全然意味がないと思う。

 午後の相対稽古を済ませ、そのまま校庭で待つ。

 実は大地の日の生徒会は相対稽古を免除されて、午後いっぱい業務をしていてもいいことになっている。もちろん実習授業が入ったときはその限りではない。

 相対稽古で体が温まっているわたしたちのほうが有利ともいえるし、体力を温存できた上級生が有利という考え方もある。

 とりあえずフォマーは、わたしたち有利の方向で賭けの券を売っていた。

 ラヴィーナ王国では賭博は犯罪ではない。

 でもイカサマは問題。

 自分は先輩方に賭けた券持ってたから、フォマーは負ける気満々なんじゃないかな。

 炎の日にダヴィートが引き出しに入れていたのは、この賭けの券だったのかも。

 賭けの券を作って胴元をすれば、かなり儲かるものね。

 騎士団の宿舎でケンカが始まると、必ず賭けが始まってたなあ。

 ……お父さまは賭けに関しては勝ち知らずだった。


「やあ、お待たせ」


 尖塔から先輩方がやって来る。

 生徒会室に行ったときも思ったけれど、この四人のかしらは生徒会長で貴族としての身分も高いドミトリーさまではなく、副会長のレオニートさまだ。

 ヴェニアミンとフォマーのような関係かしら。

 背後から操ってる的な?

 それぞれ印象は異なるが、四人とも背が高く顔立ちも整っているので、淑女学院の令嬢たちに人気があるらしい。

 ドミトリーさまが大きく伸びをして、叫ぶ。


「くうっ、楽しみだなー!」

「ドミトリー、ひとりで突っ走らないでくださいね」

「去年の武竜祭の二の舞はゴメンだぞ」


 もう武竜を細身の剣に変えているドミトリーさまは戦闘大好きな武竜脳みたいだから、ヴェニアミンさまとフォマーの関係とはちょっと違うのかもしれない。ヴェニアミンさまは緊張で震えているもの。

 まあラヴィーナ王国の重鎮ビェールィ侯爵家の跡取りが、武竜学院入学前から前線で災霊討伐をしているはずもないわね。我が家の騎士団とまではいかなくても、侯爵家直属の騎士隊が討伐に向かうから。

 丁寧な言葉で窘めるボリス先輩は、フォマーと立ち位置が似てる気がする。

 ムチスラフ先輩はちょっと冷たそうで、ダヴィートっぽいようなそうでもないような。

 横幅は先輩のほうが大きい気がする。腕の太さも。

 あ、わたしことイオアンがレオニートさまに近いなんてことは、まるでない。

 レオニートさまは四人の中で一番の色男で、女性との噂も多いのだ。

 でも……彼を倒すのはわたしの役目かな。

 賭けの券を手にした見物人たちの描く円の中、わたしたちと先輩方は並んで見つめ合った。ふたつの集団の間には空間がある。

 審判役をお願いした麗しの大公、ゴトフリート先生が微笑んで勝負の開始を告げる。

 わたしはリェンチャイが銀色の弓に変わるのと同時に──飛び出した。


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