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18・てっぺん!

 炎の日の午前中は、ふたつ授業がある。

 詩学と数学だ。

 詩学はともかく、どうして数学なんか勉強しなきゃいけないのかな。

 実家や王宮で学んでいたときから思っていた。

 好きな人だけ勉強したらいいんじゃないかしら。

 あまりにわからな過ぎて、昼休みが来ても、わたしは灰になっていた。

 いつものようによっつ合わせた机の、わたしの前にパンを置き、ダヴィートが言う。


「初日の相対稽古の後みたいだな」

「だが最近の相対稽古では、だれよりも活き活きしているのだから、そのうち数学でもそうなることだろう」

「よくわかりませんね。数学ほど面白い学問はないと思うんですが」


 うるさい、フォマー。

 あなたの本性、ヴェニアミンさまに話しちゃうわよ?

 なんて、思いはしたけど言う気力はなかった。

 紙に包んだパンを持ち上げ、ダヴィートがわたしを突いてくる。

 朝食に出た酢漬けニシンの美味しそうな匂いが、鼻孔をくすぐった。


「ほら、食えよ。相対稽古は好きなんだろ? どうしても数学が苦手なら、課題は友達価格で承るぜ?」

「ダヴィート、それはイオアンのためにならない」

「そうだよ。友達でもお金はちゃんと取らなくちゃ!」

「え」

「え?」


 ヴェニアミンさまの前でも、フォマーはわたしやダヴィート相手なら普通にしゃべるようになってきた。そのうち完全に猫を脱ぐんじゃないかな。ほとんど一日一緒なんだから、いつまでも演技してられないわよね。

 酢漬けニシンを挟んだパンをもぐもぐしながら、わたしは思った。


「ヴェニアミンさま」


 教室の入り口で、先生がヴェニアミンさまを呼んでいる。


「はい、なんでしょう」

「生徒会長が呼んでいます。昼食が終わったら、生徒会室へ行ってください」

「生徒会室?」

「そうです。フォマーさま、イオアン……くん、ダヴィートくんも一緒に」


 武竜学院では身分は関係ないということになっているものの、それはやっぱり子どもである(たまに大人になってから武竜と契約した人もいるが)生徒の間だけのこと。社会のしがらみに縛られた大人である先生や職員は、身分に応じた対応をする。

 生徒たちだって、なんだかんだで貴族と平民で友達の扱いは変わるもの。

 わたしもヴェニアミンさまには、さま付けしてるし。

 たぶんあの先生もわたしの設定を知っているのだけれど、表向きは秘密のままだから呼び方に困ったんだろうな。


「わかりました」

「……えー」


 ダヴィートが眉間に皺を寄せた。

 生徒会室は校舎の端、尖塔の一番上の部屋にある。

 昼食を終えてから塔に登って、相対稽古のために急いで降りて校庭へ走るのがイヤなのだろう。……あ。


「……ダヴィート」


 口の中のパンを飲み込んで、わたしは彼に告げた。


「……帰りは俺がお前を抱きかかえて、尖塔の窓から飛び降りてやる。いつも世話になっているお礼だ」


 溜息を漏らすダヴィートを見て、フォマーが自分を指差した。


「ダヴィートはイヤみたいだから僕のこと抱えて飛び降りて。僕のほうが軽いでしょ」

「……フォマーは自力で頑張れ」

「ちぇーっ。せっかくイオアンの出生の秘密、学院中に言いふらしてあげたのに」

「……ありがたいとは、思ってる」


 でも抱きかかえて飛び降りるのだとしたら、ダヴィートだけだ。

 これでも一応女の子だから、気軽に男の子とは抱き合えない。……あれ?

 なんでダヴィートならいいと思ったんだろう。

 ……カルルのお兄さんだからかな。うん、きっとそうだ。


「まあ生徒会長に呼ばれているのなら、仕方がない。早めに食べて生徒会室へ行こう」


 ヴェニアミンさまの言葉に頷いて、わたしたちは昼食の残りを平らげた。

 ……ああ。来週も炎の日は数学があるのよねえ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 故郷のバグローヴィ辺境伯領に、みっつの騎士団がある。

 烈火ガリェーチ疾風ヴェーチェル迅雷グロム──みっつの騎士団の宿舎では、一番上に団長の部屋が配置されていた。

 新人騎士は団長に挨拶するため、各階で待ち構える先輩騎士団と戦って上を目指すという慣習があった。みんな新人の実力が知りたいから本気で来るし、武竜学院の授業と違い武竜の力による攻撃もありだから、なかなか辿りつけるものではない。

 初日で団長室に辿り着けたのは、これまでの辺境伯領の長い歴史の中でもお父さまだけだという。


「お待たせしました。一年のヴェニアミンほか三名です」

「やあ。急に呼び立ててすまなかったね」


 扉を開けたヴェニアミンさまに対してにこやかに答えたのは、部屋の奥にある机に肘をついた生徒会長ではなく、その隣に立った副生徒会長だった。

 逆の隣に立っているのが、書記と会計。

 入学式のときに自己紹介されたので知っている。

 会長がゼリョーンヌィ伯爵家の三男坊、風の竜将の契約者ドミトリーさま。

 竜将の武器の形は細身の剣。先の鋭い突くための剣だ。

 副会長はクラースヌィ子爵家の跡取りで、大地の竜将の契約者レオニートさま。

 武器の形は半月を描く刀。

 書記は平民寮のボリス先輩、契約武竜は風の竜兵。

 お父さまと同じで、対になった短剣の形だ。

 会計も平民寮のムチスラフ先輩、契約武竜は炎の竜兵。

 両手に纏う鋭い爪の形をしている。

 もちろん今は竜環として先輩たちに巻きついていた。

 この前の特別授業のとき、武器の姿の武竜を見たから覚えているのだ。

 でもお父さまから逃げながらだったからなー。

 武竜祭で、もっとじっくり鑑賞したい。

 上級生はやっぱり、新入生よりも武竜との付き合いに慣れている。

 まだ新学年が始まったばかりだから上級生も実習授業は受けてないと思うけど、辺境伯領に近く、その分災霊の出現率が高い地域に領地があるクラースヌィ子爵家のレオニートさまは、もう災霊と戦ったことがあるんじゃないかと感じた。


「噂は聞いているよ。君たち、なかなか優秀なんだってね」

「いえ、そんな……」


 ヴェニアミンさまが困惑した顔をする。

 入学式を入れても五日目だもの。

 レオニートさまの瞳はわたしを見ていた。この前の特別授業で注目されたのもあるし、まあ、この外見で気づかれないほうがウソだってわかってる。

 フォマーのことだから、上級生にもわたしの設定を教えに行ってるだろうしね。

 目だけ笑ってないレオニートさまが、笑顔で言う。


「武竜祭はまだ先だけど、良かったら君たち四人と生徒会の四人で模擬試合をしないかい? 今週の大地の日の放課後、校庭で」

「わあ!」


 フォマーがなぜか、嬉しそうな声を上げる。


「良かったですね、ヴェニアミン。その勝負に勝ったら生徒会長の座を譲ってもらえるんですよ、きっと。全校生徒の名前を覚えておいて良かったですね」

「フォマー。生徒会長は長期休暇後の選挙で決めるものだよ」

「そうなんですか? じゃあ僕たちにとって、勝負を受ける意味ってどこにあるんでしょう。武竜祭なら招待されている淑女学院の女生徒たちに自分を売り込めますし、授業での試合なら成績にも影響しますけど」

「だな。……先輩方、俺は遠慮しときます。大地の日の放課後は、食堂の掃除することになってるんで。そんじゃ失礼します」


 ダヴィートはお辞儀をして生徒会室を出て行った。

 確かにフォマーの言う通り、この勝負に意味はない。

 早い話、お前ら目立ってるから痛い目見せるぜ、ってことだもの。


(竜将と竜兵だけか。わらわの相手には、ちと不足じゃのう……)


 きっとこの先輩方も武竜気質なのね。

 光の竜王姫(リェーヴァヤ)、確かにあなたの力は借りるけど、主として戦うのは怠け者(リェンチャイ)のほうだから。

 元々その傾向はあったんだけど、武竜学院へ来てから光の竜王姫(リェーヴァヤ)の荒くれな本性がだだ漏れになってる気がする。


「あらら。ダヴィートは帰っちゃいましたけど、僕はお受けしてもいいですよ」


 フォマーは上級生にも人脈を作る気満々だ。


「私も先輩方に胸を貸していただけるのなら、それだけで」


 レオニートさまの瞳は、わたしを映している。


「……ひとつ、条件を付けてもいいですか?」

「なんだい? 君たちの戦いぶりによっては、生徒会選挙のときに俺たちが推薦させてもらうよ?」

「……いえ、見物している方々もみんな武竜を武器の形にしていてくださるのなら、それだけでいいです」

「……え? なんで?」


 レオニートさまは、すごく呆気にとられたような顔をした。

 だって、生徒会と新入生の模擬試合となったら先生方も観に来るでしょう?

 武竜祭までいられるのかどうかは、今もわからないままだしね。

 ──レオニートさまはなぜか、引き攣った笑みを浮かべて首肯した。


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