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14・父親①

 硬く骨ばった指がオドオドと、壊れ物に触れるようにわたしの頬に触れる。

 それから、その指は優しく頬をなぞった。

 離れた指の温もりが恋しくて、重たい瞼を無理矢理上げる。

 低い声が尋ねてきた。


「……起きましたか?」

「うん。あの……良かったら普通に話して? わたしたち同い年だし、あなたはお兄さまのご学友なんだもの」

「……あんたが良ければ」


 長椅子に横たわっていたわたしは、体を起こすことができなかった。

 足とお腹に乗っていた双子を、ダヴィートが抱き上げてくれる。

 わたしは胸に乗っていた絵本とカルルを抱いて、体を起こす。

 三人に絵本を読んでいる間に眠ってしまったのね。

 夢の中でユーリアのことを考えていた気がする。

 お父さまも来ているようだ。足元に炎の竜王の剣が立てかけてあった。

 うふふ、子どものころみたい。


「お帰りなさい、ダヴィート。怪我したりはしていない?」

「お、おお、大丈夫だ。バグローヴィ辺境伯閣下が一緒だったからな」


(私がいたしな)

(……炎のめ、偉そうに。わらわだって、戦っていれば一撃で災霊を倒しておったぞ)


 武竜の頂点に立つ竜王と竜王姫が、妙なことで張り合わない。

 だれが災霊を倒したっていいんです。みんな無事ならいいんです。


「齧られた職人さんは?」

「義手いる?……痛っ」


 長椅子の下からアントンが姿を見せる。

 上がいっぱいだったから、そちらに潜り込んでいたらしい。

 どうやら出てくるときに焦り過ぎて、頭をぶつけてしまったようだ。


「そこまでひどくない。すぐにパーヴェル司教が来てくれたからな。……アントンお前、ゲンリフに会ってなにか言ったのか?」

「家の玄関で兄ちゃん待ち伏せてたけど、アイツなんかしでかしたの?」

「パーヴェル司教と一緒に来て、穢れを浄化した後の傷の手当てをしてくれた。俺が武竜学院へ行くことが決まってから、ずっと拗ねてやがったのに、なんだアイツ。アリフォンスさんたちの支援を受けられなくても、自分が医者で稼いで工房を作るとか言ってたぞ」

「へーえ。なんかゲンリフって、極端から極端に走るよね」

「悪いヤツじゃねぇけど、めんどくさいんだよな。……おら」

「ダヴィート?」


 ダヴィートに手を離されて、双子は床に着地した。


「な、なんだ良かった。落としたんじゃなくて、起きていたふたりを降ろしたのね」

「狸寝入りだよ」

「……イオアニャ」


 瞼を擦りながら、カルルが目を覚ます。


「おはよう、カルル」

「え? おえ、夕ご飯食べてないのに、もう朝?」


 窓の外は真っ暗だ。

 わたしたちが眠っている間に、すっかり夜になっていた。

 台所のほうから、美味しそうな匂いが漂ってくる。

 子どもたちと遊んでくれるほうが助かるからと言われたのに甘えて、夕食の用意は手伝えなかったな。……武竜の力を借りて肉を丸焼きにするのとかなら、上手くできると思うんだけど。後、巻き巻きリンゴを作るのなら得意。


「起きたか、イオアンナ」

「お父さま」

「ダヴィートのご両親の厚意で、夕食をご馳走していただくことになった。……チビ助安心しろ、夕食はこれからだ」


 お父さまはしゃがみ込んで、カルルと目線を合わせる。


「イオアニャ、夕ご飯食べてく?」

「ええ、一緒に食べましょう」

「あのね、おえね、イオアニャ嫌いなもの食べてやる。兄ちゃんだから」

「嬉しいわ」


 炎の竜王の剣を竜環に変えて右腕に巻き、お父さまが立ち上がった。


「ダヴィート」

「はい、閣下!」

「約束通り先ほどの災霊討伐での活躍を持って、これまでのことは水に流そう」


 わたしを誘惑して、バグローヴィ辺境伯家の婿養子に入ると言っていたことね。

 あんな軽口で本気にならなくてもいいのに。

 どうせユーリイ国王陛下との婚約破棄は仮初めのものなんだし。

 お父さまに言われて、ダヴィートは重々しく頷く。


「ありがとうございます」

「……だがダヴィート、さっきてめぇが俺の大事な嫁入り前のイオアンナの顔を撫で回したことは、一生忘れねぇからな。次の特別授業を覚えとけ」

「ち、違います、閣下。起こそうとしただけです。乱暴に触ったら悪いと思って」

「うるせぇ、言い訳すんな。俺の娘に惚れたんなら素直にそう言え。言っても嫁にはやんねぇけどなっ!」


 お父さま……わたしは頭が痛くなった。

 イオアンナとしてのわたしは彼に会ったばかりだ。いや、イオアンとしての日々を加えたところで、ダヴィートに恋されるようなことは、なにひとつしていない。

 それにお父さま、申し訳ないけれどあなたの娘はそんなに魅力的ではないのです。だれもが知ってる武竜バカなんだもの。

 まあ確かにわたしはバグローヴィ辺境伯家のひとり娘だから、ユーリイ国王陛下が相手でもない限り嫁には行かず、婿をもらいますけどね。


「イオアンナー」

「なぁに、アントン」

「俺、さっきイオアンナの絵描いてたんだ」


 アントンが、布に描かれたわたしの顔を見せてくれる。


「これ、アントンが描いたの? 上手ねえ」

「えへへ、俺、目がいいんだよ。だからコーゾーを理解して、立体的なものが作れる」

「すごいすごい。王宮絵師になれるわよ」


 というか、なって欲しい。

 今の王宮絵師は、頼んでもないのに勝手にわたしの顔を美化する。

 そりゃユーリイ国王陛下の隣に並ぶのに、本当のわたしの顔じゃ見劣りする。でもあまりに露骨な美化だから、ユーリアだって苦笑してるのよ。

 そういえば結婚式用に描いていた肖像画、どうなったのかな。


「あ、こらカルル!」


 カルルがいきなり布を奪ったので、アントンが金切声を上げる。


「おえもイオアニャ描く!」

「じゃあ俺も描く」

「俺もー」


 双子も駆け寄ってきて、布を引っ張り始めた。


「お前らやめろよっ!」

「はいはい」


 ダヴィートが溜息をついて、三人から布を取り上げる。

 武竜学院の食堂で彼が、ヴェニアミンさまとフォマーの会話を止めたときを思い出す。


「後で新しい布をやるから、お前らはそれに描け。揚げパン横取りする食いしん坊のバカ野郎でも、アントンはお前らの兄ちゃんなんだ。少しは尊重してやれ」

「ヤダよ」

「ヤダよねえ」

「やっ!」


 ダヴィートに布をもらったアントンは、三人から離れて舌を出して見せた。

 眉間の皺を緩めて、お父さまが苦笑する。


「これだけ弟が多いと大変だろう、ダヴィート」

「は、はい、閣下」


 話題が変わったことに、ダヴィートは心から安堵しているようだ。


「バグローヴィ辺境伯閣下、用意ができましたので、どうぞこちらに」


 義足の男性が、わたしたちを呼びに来た。

 ダヴィートのお父さんのようだ。

 四人の弟たちには似ているが、ダヴィートにはあまり似ていない。ダヴィートはお母さんに似ているのかしら。……うーん、そうでもなかった気が。ふたりを合わせた顔なのかもね。長兄と次兄を合わせた顔のゲンリフみたいに。

 ダヴィートのお父さんは、義足であることを忘れさせるほど動きがしなやかだった。

 うちのお父さまよりも優雅で、貴族的かもしれない。


「ああ、ありがとな」


 いつものように荒っぽい口調で答えたお父さまに続いて、わたしたちは食卓へ向かった。


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