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13・わたしの王子さま

 ──赤ちゃんのころからわたしは、武竜の側にいるのが好きだったらしい。

 炎の竜王の剣さえ側にあれば、ずっとご機嫌だったという。

 もの心ついたときはもう、武竜たちと心の声で話していた気がする。


 ユーリアと初めて会ったのは、武竜と契約したくてたまらなかった五歳のころだ。

 とにかく武竜が好きだったわたしは、なにかの用事で王都へ上がったお父さまにくっついて王宮を訪問した。王宮の武竜庫が見たかったのだ。

 どの貴族の家でも、お父さまと一緒に訪ねていけば武竜庫を見せてくれた。

 武竜は簡単に盗めるものではないし、そもそも力を秘めた美しい武竜の武器はその家の誇りだ。災霊討伐が少ないときは、領民に武竜庫を公開したりもする。

 ただ、幻影の姿までは見せてもらえるとは限らない。

 災霊討伐以外のときに力を発することを嫌う武竜もいるのだ。

 王宮の廊下で先代陛下に同行していたユーリアと会ったわたしは、その体を包む武竜の力に気づいた。

 もちろん絹の服の下に隠された金剛石の竜環の存在も。

 当時、ユーリイ殿下はとても病弱な王子として知られていたっけ。

 今にして思えば体が弱いというよりも、武竜の力を意識し過ぎて動けなかった水の日のわたしのように、先代陛下との契約によって発動している光の竜王姫たちの力を重く感じて疲れていたんだと思う。

 疲れが溜まれば本当に病気になるしね。

 契約者以外が持つとき、武竜の武器は重くなる。

 契約者の意思で渡される竜環は軽いけれど、武竜の力を使えばどうしても、竜環を身につけている人間にも反動が返る。

 いや、契約者であっても、武竜が大きな力を使ったら反動を受けるもの。

 ましてや絶えず武竜の力を纏っているなんて特殊な状態、いくら武竜がこちらに合わせてくれていたって負担は大きい。

 久しぶりに光の竜王姫(リェーヴァヤ)に力を解除してもらった大地の日の夜はわたしも、蓄積されていた疲労に包まれて昏々と眠ってしまったほどだ。

 正直なところ、先代陛下はわたしほど光の竜王姫たちとのつながりが強いわけではなかった。

 王家の跡取りだから契約をしてもらった、そんな要素が強い。


 ……ユーリアが武竜と契約できない体質って、どういうことなんだろう。


 ユーリアも光の竜王姫たちも、詳しいことは教えてくれないのよね。

 心の声で話せると言っても、武竜の考えが読めるわけではない。

 人間と一緒で、話しかけても答えてもらえなければ会話は発生しないのだ。

 武竜の力を余すところなく使うには、契約者自身の鍛練も必要になる。

 どんなに彼女たちの力が強くても、契約者が未熟ならその力は十分に発揮できない。

 わたしだってまだ全然だ。

 これまではユーリアの姿を変えることにしか使っていなかったけれど、せっかく武竜学院に入学したのだもの、もっと力を熟知して磨きをかけたい。

 そうしたら彼女にかかる負担も減らせると思うのだ。


 ……なんて、わたしも随分成長したものだわ。


 初対面のとき、わたしはユーリアが羨ましくてならなかった。

 わたしは武竜が大好きだったけど、その力で姿を変えるなんてしたことなかったからだ。

 そもそも光属性の武竜が少ない。

 ラヴィーナ王国の王家に伝わる光の竜王姫たちのほかは、竜神教の司教が持つ黄金の杖の中にしか宿っていなかった。そういえば、光属性の武竜って竜兵はいないのかしら。竜神教と契約している武竜についての詳細は、あまり明かされていないのよね。

 今と変わらず武竜バカで、今よりもっとおバカだった(だってまだ五歳だったのだもの。十三年も前のことだし……)わたしは、素直に気持ちを口にした。


「いいな。イオアンナも武竜の力が着たい」


 お父さまと談笑していた先代陛下の顔から血の気が引いて、蒼白になるのがわかった。

 わたしよりひとつ年上のユーリアは、六歳だけあって賢かった。

 ううん、個人差ね。

 翌年六歳になっても、わたしは彼女ほど賢くはなれなかった。

 それどころか、さらに数年後、ヴァルヴァーラさまにお招きいただいたお茶会でも、武竜目当てにユーリイ王子殿下と婚約したと正直に言って、怒られちゃったくらいだもの。

 わたしと違って賢いユーリアは、にっこりと笑って言った。


「お父さま、イオアンナ嬢を武竜庫へご案内してもいいですか?」

「わあ素敵! イオアンナ、武竜が見たいの」

「あんまりワガママ言うんじゃねぇぞ。……申し訳ありません、陛下」


 ユーリアのなにげないひと言が、わたしの不自然な発言を言い間違いに変えた。

 ううん。単純なお父さまは、最初からわたしが武竜を『見たい』と言ったのだと思い込んでいるかもしれない。

 わたしとユーリアに武竜庫見学の許可を出してくれた先代陛下が、地面に頭を擦りつけるようにして、わたしとユーリイ王子殿下を婚約させてくれと辺境伯家に申し込んできたのは、それから数日後のこと──

 ひとり娘を嫁には出せないと渋る家族を説得したのは、わたしだ。

 どうしてもユーリイ王子殿下の許婚になりたいと駄々をこねた。

 だって武竜庫で光の竜王姫たちに頼まれていたのだもの。


 ……ユーリアを守ってやってほしい、って。


 自分には彼女たちの声が聞こえないと悲しそうに微笑むユーリアはとっても美しかったし、ふたりだけの秘密(実際は先代陛下や竜王姫たちも知っていたのだけど)だと事情を教えてくれたのも嬉しかった。

 光の竜王姫たちと契約できる喜びは、言うまでもない。

 そしてなにより、わたしはずっとだれかを守ることに憧れを抱いていた。

 災霊討伐のたび傷だらけになるお父さまや騎士団のみんなを、自分の力で守りたかったのだ。でも武竜たちは、どんなに頼んでもわたしと契約してくれなかった。

 当たり前ね、五歳児だもの。

 泣き落としで落ちそうだった炎の竜王も、お父さまが最初に契約していた風の竜兵に注意されて断ってきた。竜兵は力が弱くて契約者と会話できないのだけど、武竜同士だと意思の疎通ができるみたい。言葉を交わせなくても、契約者には感情を伝えてくるしね。

 お父さまの風の竜兵は、炎の竜王より思慮深い気がする。

 対象は望み通りではなかったものの、だれかを守れるというだけでわたしは幸せだった。

 光の竜王姫たちとの契約が誇らしかった。


 ……なのに。


 武竜学院へ通えるのは嬉しい。

 積み重ねられてきた知識を学べ、実戦を経験できるのが幸せだ。

 でも王都に災霊が出現するなんて状況で、ユーリアと離れていていいの?

 右の竜王姫プラーヴァヤに託してきたとはいえ、これでちゃんと守っていると言えるのかしら。

 本当に隣国の革命だけが婚約破棄の理由だったのだろうか。

 わたしの王子さまは、今ごろどうしているのかな。


 ……今は国王陛下だけど、ね。

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