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◆8◆ ファーストキス

 突き刺さるような疑いの眼差し……。

 何で? 何で疑われてんの?

 そりゃドキドキくらいするでしょ! 美人さんな同級生と、二人きりでお手てにぎにぎで顔ドアップなんだよ?

 ドキドキしない方がおかしくない?

 それとも、普通はドキドキしないものなの? 百合本読んだことない子は、このシチュエーションを何とも思わないの?

 思わないわけないでしょ! きっと男の子にされたらドキドキするものだよね? あ、それは普通か?

 じゃ、じゃあどれが普通なの?

 男の子同士でもそりゃドキドキするよね? しないの? 読んだことないけど、ボーイズラブってそういうやつでしょ?

 いや、待って待って! その発想だと、この女の子同士でドキドキしている現状が、ガールズラブ決定になってしまうじゃない!

 あぁ、もうよく分からなくなってきたけど、とにかく氷堂さんが誤解しているのは間違いない。

「あ、あのね? あのね氷堂さん」

「私の名前、何度か教えたよね? 」

「じゃ、じゃあ菜々香さん? とりあえず離れてもらえるかなぁ? 手、そう、まず手を放して落ち着こうよ! 」

「私には御影さんがものすごく落ち着いてないように見えるんだけど? もったいぶらないで早くしてほしいのかなぁ? 」

 いつもだけど、私の問いかけに対して疑問形で返ってくるのはどうにかならないのかなぁ? 一向に話が進まないじゃない。

 っていうか、早くしてほしいって何っ?

「待って待って待ってっ! 分かったの、多分私、こんなに誰かの顔を間近で見たことないから緊張してるんだと思うの! だから、ドキドキしてるっていうのは、キスとか云々じゃなくて、緊張なんだよ、きっとそう! ね、だから誤解しないで? 」

「誤解してるのは御影さんの方じゃない? 自分が本当に望んでいることも、求めていることも分かってないと思うけど? 」

「な、何言ってるの? 私はただの百合好き女子だよ! ゆ、百合っていうのはね、二次元だから成り立つの! 二次元だから美しいの! 」

「ふぅん」

 私の熱弁に相槌を打っているらしいが、ぜんっぜん納得のいってない「ふぅん」なんだけど……。ちっとも聞いてないっぽいしー!

「確かにね、ひょ……菜々香さんは美人さんだよ? でもね、美人さんとこういうことしていいのは、可憐で純粋で清楚な女の子なの! 分かる? いくら私の愛読書が百合だらけでも、私はレズビアンでもないし、こういうことする女の子でもないの! 」

「んー……分かんないなぁ」

 熱くなってはいけないとは思っているのに、呷る口調につい乗ってしまう。説得も納得も、もはや無意味なものだと自分に言い聞かせたくても止まらない。

 それでも、出て来ない言葉を並べて口だけが動いていた。

「分かんないのっ? 分かんないなら分かって? 分かるでしょ? 分かってくれたよねっ? 」

「分かんないなぁ……。だってさぁ、それじゃあまるで、御影さんが可憐でも純粋でも清楚でもないって言ってるようなものだよねー? つまり汚れていて淫らってことだよねぇ? 好きでもない女の子といちゃいちゃ出来ちゃうような……」

「い、いちゃいちゃしてないし、そっちがいつも迫ってくるんじゃない! それに私は汚れてもいないし、淫らでもないっ! 私が言ってるのは二次元のお話であって、私とは何もリンクしてないのー! 」

「あぁ、なるほど。可憐で純粋で清楚な女の子同士が汚れて淫らになるところが好きなのね。御影さん、結構変態だったんだぁ? 」

「へ……んた……」

 え? 今、何て? 復誦しかけたけど、今何て?

 口泊とはよく聞くけれど、途中で詰まって口がぱくぱくしてしまう。これがまさに口泊なんですか?

「そうでしょ? 自分にはそっちの気もなくて、汚れてもいなくて乱れてもいない。そう言いながら、女の子たちの淫らなところを見て楽しんでる。充分汚らわしいと思わないー? 」

「お、思わないっ! 百合本は芸術品だもん! 芸術を愛して何が悪いのっ? 」

「……じゃあ何で隠すの? 」

 視界の上の方で何かが揺れるパタパタという音……。何? 雑誌?

 もしや、それは昨日の……っ!

「ちょっ……何で学校に持ってくるのーっ! 」

「えー? だって、御影さんの忘れた芸術作を届けようと思って持って来たのに……迷惑だった? 」

「迷惑とかの問題じゃなくて! あーいやいや迷惑、迷惑だよ! 私の嗜好品……じゃなくて私物は学校に持って来ちゃいけないんだからねっ! 」

「あーそっかそっかぁ。単なる娯楽なだけの芸術品は持って来ちゃいけないけど、部活に必要な芸術品なら先生もお咎めないよねぇ? 」

「部活……? 運動部に芸術品なんて関係ないじゃない。そんな苦しい言い訳……」

「運動部? ここ、演劇部だけど? 」

「え……演劇部っ? 」

いつの間にか決めつけていたけれど、誰も運動部だとは言っていなかった。ただ運動神経がいいからというだけで思い込んでしまったのだ。

 思えば志緒ちゃん先輩とかいう人から渡された入部届け、ちゃんと見ていれば分かりそうなものなのに、先入観って恐ろしい!

 氷堂さんはまるで、勝ち誇った表情を隠すかのように、二人の間を二次元の天使さんたちに行き交わせてつぶやいた。

「これは台本の参考に、それと……」

「え……? 」

 眼前を塞ぐ二次元の天使さんたちが一瞬でいなくなったかと思うと、代わりに近付いて来たのは天使か悪魔か……。

 そのどちらでもなく、どちらでもあった。

「それと、キスのお稽古……」




 私のファーストキスは、とてもあっけないものだった……。


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