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◆42◆ファーストコンフェッション

「友達になってほしいの」

 チビでガキっぽい私の声が、静まり返った廊下にやけに響いた。音楽室からはわちゃわちゃと、楽しそうな青春の雑音が漏れ聞こえている。

 氷堂菜々香の垂れ目がまん丸く見開かれていく。力が入りすぎていて、私が睨み上げているように見えるからだろうか。意図を考えているのだろうか。

「……どういう意味?」

「氷堂さんと違って、私は計算とか罠を張るとかできないからそのまんまの意味なんだけど?」

「酷い言い様ね。まぁいいけど。じゃあそれって、私が改めてフラれたってことでいいの?」

 垂れ目がゆっくり瞬きをする。グラウンドからだろうか、ホイッスルの音がひとつ聞こえた。

「ハッキリ言って、氷堂さんの言動は何一つ理解できない。私のことを好きだとか言っておきながら、非常階段で男子とあんなことしてたり……」

「……見てたんだ?」

「見てた。挑発してきたり意地悪してきたり、わ、私のファーストキスまで奪ったり、ほんとにほんとに意味不明! あと、元カノとのごたごたに巻き込まれるのもごめんなの」

 布のこすれる音がした。氷堂菜々香がワンピースの端をギュッと握ったのだろう。私は目を逸らさずに続けた。

「嫌なことばっかされてムカついたし、元カノにも怨み買って面倒なことになって、もう氷堂さんになんか絶対絶対関わりたくない! って何度も思った」

「……」

「でもね、思ったの」

 私は語気を緩める。押し黙って聞いていた氷堂菜々香もまた、真っすぐ私を見つめている。

「私はリアル百合っ子に偏見があったから氷堂さんのことも受け入れられなかったんじゃないかって思ったの。百合好きなのがバレたことで動揺しまくってた時にちょっかい出されたのもあるかもしれない。だからってあなたのやったことは簡単に許されることじゃないけど」

「どうしてそんなこと、改めて言うの? 退部ついでにやっつけ?」

 私は氷堂さんが言い終える前に、ゆっくり首を横に振った。

「私ね、色々あって、今はリアル百合っ子に偏見も驚きもない。あなたが私を好きでいようが、男子とイチャイチャしようが、元カノとよりを戻そうが、私には関係ない。どうでもいい。なんとも思わない」

 氷堂さんはこくんと小さく頷いた。だが、この告白の真相がまだ掴めないといった表情だ。

 氷堂さんが茜さんのような陰湿なことをするかもしれないと思っているわけではない。

 だけど、私の周りの大事な人を傷つけられるのだけはごめんなのだ。だから、ちゃんと予防線を貼っておく必要がある。

 恋も愛も、過ぎては脅威になる。女の嫉妬は、時に人を狂わせる。

 誰が誰を好きになるか、そんなの誰にも計れない……。

「勘違いしないでね? 私は氷堂さんを拒絶したことを訂正したいだけだから。あなたは私との距離の縮め方を間違えた。だからドン引きしたわけだけど、ちゃんと友達になってから向き合うべきだったんじゃないかって思ったの」

 これでも伝わらない? そう視線で問いかける。浅い瞬きを2つして、氷堂さんは薄い唇を開いた。

「ごめんなさい。御影さんの言ってる意味がよく分からないんだけど……つまり、友達でいてくれるってこと?」

 私は力強く頷く。

「そう、それだけ。それ以上でも、それ以下でもない」

 やはり納得のいかない顔をしていた氷堂さんだったが、自分に言い聞かせるように何度かうんうんと頷き「分かった」と呟いた。

「言いたいことはそれだけ。退部届は受理しておいて? 文化祭、楽しみにしてるから稽古頑張ってね!」

「……ありがとう。これは受理しておく」

 ひらっと退部届を靡かせ、氷堂さんは背を向けた。あっけない幕引きに私は少し物足りなさを感じつつ、こちらもくるりと背を向けた。

「御影さん」

 私はぴたりと足を止める。首だけ振り向くと、氷堂さんは桃色ワンピをひるがえし小走りに駆け寄ってきた。パンプスのカツカツという音が廊下に響く。

「嫌われたと思った」

「……ははっ、まぁ全否定はしないけど」

「ごめんなさい」

「えっ?」

 勢いよく頭を下げられ、予想外の展開に思わずぽかんとした。

 氷堂菜々香は、頭を下げるようなキャラではないと思っていた……。

「御影さんが言うように、私強引だったと思ってる。気を引こうとして嫌なことばかりしてたって反省してる。ごめんなさい」

 90度近くも腰を折って謝罪するその姿は、逆に私に罪悪感が生まれるほどだった。私は慌ててその肩を掴んだ。

「やだっ、頭上げてよ! そ、そりゃその通りだけど、なにもそこまで……」

「許して、くれるの?」

 氷堂さんは少しだけ頭を上げた。上目使いで見つめられて、「う、うん」となんとも歯切れの悪い返事をした。

 それは上目使いに翻弄されたからではない。私は気付いてしまったのだ。見えてしまったのだ。

 襟ぐりの広い桃色ワンピの中からこんにちわした、純白ラメ入りブラが……。

 意外……なわけではない。本来の中学1年としては違和なんら感のない色なのだが……。

 今日は悩殺黒ブラじゃないのか……なんて一瞬思ってしまった……。

「ありがとう。これですっきりした。御影さんの気持ちも聞けたし、ずっとどうしたらいいのか分からなかったから」

 ふにゃっと微笑む氷堂さん。言葉通り、すっきりした笑顔だった。しかし、それに対して返事をせずにもじもじしている私を見て、「あー」と別の笑みを浮かべた。

「好きだねぇ、御影さん」

「ちっ、違うし! 別に見たくて見たわけじゃないし! み、見えちゃっただけだし!」

「えー? 見えた? なんの話ーぃ?」

 茶化されて顔が熱くなっていくのが分かる。目を逸らすと、くすくす含み笑いが聞こえた。

 やっぱり相変わらずだ、氷堂菜々香!

「相変わらずだね、御影さん」

「こ、こっちの台詞! たった今謝ったばっかのくせに、ちっとも反省してないじゃない」

「ふふっ。じゃあ稽古戻るから、またね」

 ひらひら手を振り、今度こそ音楽室へ戻っていく氷堂さん。ぷんぷんしながらも、私はなぜか少しの安堵を感じていた。

 なれそうだ、友達に。からかわれたりでムカつくこととかはこれからもあるだろうけれど、氷堂さんとも友達として関わっていけそうだ。

 見る目さえ変われば、百合っ子なんて警戒するようなことではなかったのだ。中1の夏、チビスケでつるぺたな私だが、ちょっと大人になった気分だ。

 今度こそ回れ右して、昇降口へ。ケリは付けた。ちゃんと夏休みを迎えられそうだ!






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