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◆41◆ファーストバトル

 

 明日から夏休み。そして今日は1学期の部活動最終日。

 夏休みに入れば、演劇部は2学期にある文化祭に向けての追い込みが始まる。自主練といえど、藍ちゃんの話によれば先輩たちはほぼ出席するという。吹奏楽部の次に体育会系的部活という噂は、あながち誇張でもないらしい。

 退部届なんて顧問の先生かあたしに預けてくれればいいのに、と首を傾げる藍ちゃんの気遣いを断った。1年のくせにサボりまくった私が、1年のくせに部長であるあの女に叩きつけなければ意味がないのだ。

 藍ちゃんは知らない。私とあの女のいざこざを。言えなかった。言う必要もないと思った。

 私が藍ちゃんを傷つけられて憤慨したように、私があの女にされたことを知れば、藍ちゃんのあの女を見る目が変わってしまうだろう。

 それは私の望む形じゃない。私たちはまだ1年生。卒業までにあと9分の8もあるのだ。クラス替えで同級生になる可能性だってある。

 部活だって同じだ。1つの作品を作り上げていく演劇において、いざこざは悪い影響をもたらすだろう。少なくともいい風に転がるわけはない。

 大事な友達には、私のような気まずい中学生ライフを送ってほしくない。巻き込みたくない。

 だから終わらせる。今日でけりをつける!

 中学生は夏休み前にアサガオを持って帰らない。絵の具セットも持って帰らない。持って帰るのは置きっぱなしの教科書と、たんまり出された宿題の数々と……。

「ここの中学って、成績表5段階なんだねぇ。湖渡子、どうだった?」

「……宇未ちゃん、アヒルの行列って知ってる?」

 脳内すでにサマーバケーションで足早に教室を去る男子たち。バケーション中の打ち合わせをする女子たち。ワイワイガヤガヤキャッキャウフフの教室の中、私はどんより雲を頭に乗っけたまま、宇未ちゃんに問いかけた。

「え? アヒルの超越?」

 成績表をバッグに収めながら振り返ったおさげ少女がキョトンとする。いやいや、こちらこそキョトンだが? なんだそれは。アヒルが何を超越したというのだ?

 あれか? ダチョウレースに紛れたアヒルが優勝しちゃったんだよねぇ、的な? それともあれですか? 某夢の国において、主役のネズミさんよりアヒルさんグッズのほうが売れてるんだよねぇ実は、的な?

 レボリューションしちゃってるんですか? 最近のアヒルさんは白鳥をも凌駕するんですか? 

「いや、宇未ちゃん。私は白鳥にはなれないほうのアヒルだよ……」

「え? どういうこと?」

 私は苦笑いして「なんでもなーい」とバッグのファスナーを勢いよく閉めた。封印だ。中学校最初の成績表が、保健体育以外、奇麗に『2』しかない紙切れなんてママに見せられない。また家庭教師お願いしましょうねーなんてことになったら最悪極まりない。

「宇未ちゃんは図書室寄ってくの?」

「うん。借りてるの全部返して、夏休み用にいっぱい借りてくるー。湖渡子は?」

 チラッと後方に目を向ける。氷堂菜々香の席はすでに空だ。

「部活辞めてくるわ。だから2学期からは一緒に帰ろうね!」

「えー、なんで辞めるのー? んー、まぁ湖渡子には陸上部がいいよ。もったいないもん、文化部じゃ」

「あはは。演劇部も陸上部もガラじゃないよ」

 終始ハテナ顔の宇未ちゃんには申し訳ないけど、宇未ちゃんにも詳細を話すつもりはない。私と百合っ子たちのバトルがあることすら知られたくない。

「夏休みは家の手伝いあるから、遊べる日分かったらメッセするねー」

「うん! タイ焼き買いに行くよー。またねー」

「またね湖渡子ぉ。愛してるー」

 嬉しい捨て台詞に精一杯の笑顔で手を振る。下駄箱方面へと向かう宇未ちゃんの背中を見送り、大きく息を吸った。

 成績表といい退部届といい、本日の笑顔はこれにて終了ー! なんだろうな、と一気に口角と肩が下がっていく。

 まぁそうも言ってられない。終わらせると決めたのだ。夏休みを皮切に、2学期からはニュー湖渡子になると決めたのだ。具体的なプランは何も立てていないけれど、とりあえずニュー湖渡子にアップデートするという宣言だけはしておく。

 バッグを握り直し、いざ音楽室へ。戦いの準備は出来ている。ラスボス相手にファーストバトルだ。途中、ジャージ姿で体育館へと急ぐ運動部員とすれ違う。鼻息荒く階段を上った。

「お……お疲れ様です!」

 音楽室の二重扉を開く。久しぶりに手をかけたからか心境に連動してか、以前より数段の重厚感があった。腹の底から絞り出したはずだが、若干ぶれた挨拶になってしまった。

「あっ、御影さん……。いらっしゃい」

 1番手前にいた、フリルのたくさん付いている桃色ワンピース姿の氷堂菜々香が振り返った。衣装合わせ中だったのだろうか。ぱらぱらと教室内の視線が集まった。

 メンバーは、窓際でカーテンを閉め途中のガイ先輩、「おー! こねこちゃんだーぁ」と台本片手にバンザイしている志緒先輩、机を運んでいる藍ちゃん、隅っこで作りかけの衣装を広げている見知らぬ先輩、同じく小道具の材料らしきアルミホイルを引っ張りだし途中の見知らぬ先輩、同じく台本を挟んでおでこを付き合わせている見知らぬ先輩。そして……。

「何しに来たわけぇ?」

 椅子を運ぶ足を止め、獰猛な猿みたいに八重歯をむき出しにする永井明徒。

「あの……氷堂さん、ちょっといい?」

 永井明徒の威嚇を無視し、私は桃色フリフリワンピのラスボスに真っすぐ向き直った。先輩たちの視線が、私から氷堂菜々香へと移る。そしてその大多数がハテナ顔だ。

「うん。……ごめんなさい、先輩。ちょっと外しますね。もし始めるなら2幕から練習しててください」

 台本をピアノの上に置き、氷堂菜々香は悠然とこちらへ向かってくる。出で立ちは姫か女王か。しかし、私にとってはラスボスだ。

「なぁに?」

 扉を後ろ手に閉め、しんと静まり返った廊下に氷堂菜々香のしなやかな声が響く。廊下にも階段にも、先ほどまでの騒々しさは全くない。その静けさがまた、私の交感神経を刺激する。

「これ」

 バッグの一番取り出しやすいポケットから、退部届を出す。氷堂菜々香に突き出すと、意外にもすんなり受け取った。

「そうだと思った。大丈夫、御影さんの役は美空さんにお願いしたから」

「藍ちゃんに? じゃあ藍ちゃんの役は?」

 台本はほぼ読んでいないが、藍ちゃんが外国人役をやるとかなんとか言っていた気がする。

「あー、キャストが足りないから削ったの。元々重役じゃないし」

 少しの安堵と少しの罪悪感。しかし、部長のあっさりとした言い様が後者を打ち消した。

「そう、なら良かった」

「それだけ?」

 私は首を横に振った。氷堂菜々香は首を傾げる。胸元に光るペンダントチェーンがジャラッと鳴った。

 肺の中の空気を一旦吐き、大きく吸い込む。

「友達になってほしいの」

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