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◆40◆ファーストアドバイス

 

 冷気にか焦りにか恐怖にか、私の腕は鳥肌だらけだ。

 半歩下がってごくりと唾を飲み込む。しかし、この手強い妖怪相手に言葉まで飲み込んでしまっては負けてしまう……。腹に力を入れて声を絞り出した。

「い、いいじゃないですか、なんだって」

「隠すようなことなの?」

「違いますけど……とりあえず返してください!」

 隠さねばならないのはむしろ、私の貧相な純白スポブラだ。ひとまず脱ぎたてのイモセーラーを宛がってガード。

「言ったはずだけれど? 教えてくれたら返すって」

「なんでそんなに気になるんですか? いちいち気にしてたら、蒼さん誰ともしゃべれませんよ!」

「蒼は元々、自分から話すタイプじゃないもの。湖渡子ちゃんが何か言ったのでしょう?」

「言われて困ることでもあるんですか? 彼女さんならもっと堂々と……」

 しまった……。2人が付き合っていることを聞きましたとバラしてるようなものではないか……。妖怪七変化の口角が微かに持ち上がった。

「そう、蒼が私と付き合っていると言ったのね?」

「そうですけど……だからって誰にも言いませんよ! 第一、学校だって違うんだし、誰に言って誰が得するんですか?」

「そんなことはどうでもいいの。あなたみたいな子猫ちゃんが私たちのことをバラしたところで誰も相手になんかしないもの」

 そりゃそうだけど……もっとマシなディスり方あるんじゃないですか?

「蒼が項垂れてたのは、どうせあなたがあのことを言ったからでしょう?」

 あのこと?

 惚けないでよ、と言わんばかりにスッと目を細める妖怪さん。

「定期入れのことですか? 恋人にバレてまずいことなら、あんな意地悪初めからしなきゃいいじゃないですか! 藍ちゃんだって傷ついたし、私だって巻き込まれて迷惑だったし。大体、あんな嫌がらせでもしないと独占できないんですか? もっと別のことで気を引けばいいじゃないですか! あんなことばかり続けてたら嫌われますよ!」

 一気に言い放つと、ギャル妖怪は真顔になった。それはそれで怖い。沈黙が怖い。

 勢いに任せて言ってしまったが、内心は緊張で心臓バクバクなのだ。ノミの心臓なのだ。おっぱいと同じで肝っ玉もちっちゃいのだ私は。

 冷房の風音と鼓動がうるさい。心臓が内側から胸骨を叩いている。この一瞬で1日分の心拍数を記録してしまうかもしれない。

「ご忠告ありがとう。残念ながら、うちの恋人はお馬鹿さんなの。私しか見えていないから大丈夫よ」

 それが負け惜しみでもはったりでもないことは、この余裕の微笑と蒼さんの視線が物語っている。誰にも計れない『繋がり』があるのだろう。それくらい、恋愛経験皆無な私にだって分かる。伝わってくる。

 だから、余計に悔しい……。謝罪もなく、ただ泣き寝入りするだけだなんて……。

「そりゃどうも!」

 私はハトさんTシャツをむしり取ろうとした。ぶっちゃけ返す言葉を失ったからだ。それにもう答えたのだ。約束は果たしたのだ。

 だが、ハトさんは掴めなかった。意地悪妖怪がひょいっとそれを逸らしたのだ。空を切った私の手首が妖怪に捕らわれる。

「湖渡子ちゃん、私からも忠告するわね」

「結構です! それより放して! 返して!」

「女同士の恋愛において嫉妬は、男女の恋愛よりも複雑なものなのよ。くれぐれも怨みを買わないようにね?」

 声色も口調も柔らかい。だけどその忠告とやらは、どんな罵倒よりも鋭利だった……。

 私が黙って睨み上げると、「返すわ」と頭にハトさんを被せてきた。用済みのレシートでも捨てるかのようにポイッと私の手を放る。

「じゃあ、お先に。今日はお疲れ様」

 茶髪ウィッグを外しながら背を向けるギャル妖怪。下からうるつやの黒髪が解き放たれて肩を滑って行った。きっと魅惑のお嬢様キャラに戻るのだろう。そして平穏な人間世界で毒爪を隠し生きていくに違いない。

 まさに妖怪クモ女だ……。

 イモセーラーとハトさんTシャツを握りしめ、私は妖怪クモ女が去って行った扉に呟く。

「分かってるよ、んなこと……」

 どれだけ百合っ子に振り回されたと思ってるのだ。馬鹿にするな。見くびるな。

 ノンケでありながらこんだけ百合っ子に振り回されてんの、私くらいだっつーの!

 私には、ファーストアドバイスは必要ない!

「へっくしょんっ!」

 怒りが通り過ぎるのを待たず、くしゃみと震え産熱で身体が冷えていっていることを知らされた。身体は正直だ。

 とりあえずそそくさとハトさんTシャツに袖を通す。「衣装はここに入れといてね」とスタッフさんに渡された衣装箱にイモセーラーを押し込んだ。

 足早に校舎を出ると、外はまだ日照りが強かった。暑い。眩しい。目を細めながら、もう二度と来ないであろう高校におさらばした。

 夏休みがやってくる。中学初めての夏休みが……。

 その前にけりを付けよう。逃げてサボっていた部活に。あの女がいる演劇部に……!

 堅い決心を胸に、強くかかとを鳴らし帰路についた。



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