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百合っ子なんかじゃないんだからね!  作者: 芝井流歌


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◆4◆ ファーストショッキング

 下校途中は、ひたすら今日の出来事を忘れようと必死だった。

 しばらく忘れられないのは重々承知だが、このままずっともやもやした中学生ライフを送っていても、楽しいことなんてきっと何一つ訪れない気がするし。

 帰ったらさっさと着替えて百合補充しに出かけよう。昨日行ったばかりだけど、二つ先の駅にある大きな本屋さん、そこには一面百合色の……じゃなくて、薔薇色のコーナーが広がっているのだ。

 癒されに行こう。今月のおこずかい、まだもらったばっかりだけど、後々切り詰めれば二・三冊は買える!

 少ないおこずかいで開拓するのは非常にリスクが高いけど、きっと私が出会っていない素敵な百合作家さんがまだまだいらっしゃるはず!

 軍資金が減るのも困るけど、反比例してコレクションの隠し場所がなくなるのも嬉しい悲鳴で……。

 今のところは勉強机の裏に空けた隙間に、縦に積み重ねて対処出来ているけど、あんまり積み重ね過ぎると下の方で踏ん張っている本たちが犠牲になってよれよれになってしまう。

 それに、読みたい時にさっと取り出せる場所じゃないから、もうちょっと効率のいいスペースを見つけなくては……。


「ただいまぁ」

「おかえり、ことちゃん。早かったねぇ? 」

「うん、着替えて出掛けて来るから。ママは? これから仕事? 」「え? そ、そう! 急にお休みの人が出ちゃったらしくて……ママ、代わりに行かなきゃいけなくなったのよー! 」

「ふぅん……」

 あっやしー……。どうせまた男の人と密会するんでしょ?

 バレてないと思って隠し通そうとしてるみたいだけど、秘密にするならバレないように密会してよね。

 母親の女の部分なんて、見たくもない……。

「ことちゃん、チーズタルトもらったから冷蔵庫に締まってあるよー。ママも一個食べたから、後は食べていいからね? 」

「あー……うん」

「何? ことちゃんの好きなやつよ? 食べたくないの? 」

「ううん、後で食べる。誰にもらったの? 」

「え?あーだから……いつもお世話になってる人よ。ことちゃんも会ったことあるでしょ? 今度会ったら御礼言いなさいね! 」

 やっぱりあのおっさんか。ママを見る目がギラギラしててキモいと思ってたんだよなぁ。娘のカンってやつ? 私の気を引こうとして好物を買ってくるとことか、バレバレで余計ムカつく。ママもあんな脂ぎったおっさんのどこがいいんだか。

 大人ってほんと、汚くてキモい……。

 まぁ、おかげで今夜もゆっくり読書出来そうだけど。

 一人っ子の私は小さい頃から、ママが仕事でいない間、いつも一人で本を読んでいた。

 おこずかいが現金ばかりだと、買い食いして夕飯を食べれなくなるかもしれないからと言って、半分は現金、半分は図書カードというおこずかいシステムだったから、自然と本屋さんに通うようになった。

 本の中の世界はいつも素敵がいっぱいで、自分の寂しさも、大人の汚らわしさも忘れられる。

 単身赴任のパパも、きっと向こうに愛人がいるからお盆もお正月も帰って来なかったんだ。

 それはつまり、ただの別居で、パパもママもそれぞれに汚い相手が存在する。

 だから大人って嫌い。

 それでも、ゆっくり本を読めるこの生活が保たれるのなら、パパもママも帰って来なくていい。

 私の現実は不潔で不条理だらけだけれど、本の中には清楚で素敵な愛らしい女の子だらけだもん。

 大人は裏切るけど、彼女たちは決して裏切らない。裏切らないどころか、その美しさで癒やしてくれる!

 百合というこんなに素晴らしい世界に勝るものが、他にあるだろうか! 

 ない! 掛け替えのないオアシスだ!

 だから、私は百合本という芸術作品を崇拝しているのだ。

「夕飯代置いてってくれるなら、適当に買って食べるよ。その方がママも安心して仕事出来るでしょ? 」

「そ、そう? 急いで夕飯作ってから行こうと思ってたけど……ことちゃんがそう言ってくれるなら、ママ助かるなー! 」

「心配しなくても、カップラーメンとかで済まさないよ」

「ことちゃんはほんとにいい子ねー! 」

 ママは上機嫌で「はいっ! 」と五百円玉を手渡してきた。いい子なんかじゃないけどね。

 カップラーメンは買わないし、夕飯になるような物も買うつもりもないんだから……。


 非常用の冷凍ご飯をチンして、ふりかけで食べる。そしてもらった五百円はもちろん……。

 ママだって仕事だと嘘ついて密会するんだし、お互い様というかこれがウィンウィンというやつだ!



  お気に入りのショートパンツと、長袖のカットソーに着替えて駅へ向かうと、商店街に近づくにつれて、夕飯の買い出しのおばさんたちが増えて来た。

 うちのママはおばさんだけど、歳のわりに若く見えるし、綺麗と言われることが多いから、それなりにモテるんだろう。パパだって、おでこは後退してきているけど、昔はモテてたんだぞという話を何回も聞かされたことがある。

 だからというわけじゃないけど、私も大きくなったらモテモテになるのかなぁとわくわくしていた頃があった。

 大きくなったら? チビでつるぺたの私はいつ「大きく」なるの? モテる日は来るの?

 意識されたい願望が強いのは、両親譲りだったのかもなぁ……。

 ……そうじゃなくて、今日はこういうもやもやを吹き飛ばす為に、次期百合コレクションたちをお迎えに行くんじゃないか! 危ない危ない、また今日の嫌な出来事を思い出すところだった。

 それにしても、この時間は本当に買い物客が多い。商店街だっていうのに、あちこちに荷物を積んだ自転車があってごった返している。

 仕方なく商店街から一本路地に入り、駅まで迂回することにした。

 一本曲がっただけだというのに、だいぶ静かな道だ……。

 何十年も経営しているようなクリーニング屋さんやら、比較的新しく見える歯医者さん、開店しているようには見えないけど赤と青のぐるぐるだけ回転している床屋さん、信用されなくてつぶれたらしき信用金庫跡……。急にチープな街に見えた。

 それと、古本屋が一件。

 こちらもまた年代を感じさせる店頭だけど、暇そうにテレビを見ている店主のおじさんの周りには、意外にもたくさんのコミックが並んでいるのが見えた。

 ガラス越しに見る限り、お客さんはいないし、レトロなコミックが手に入るかもしれない……。ちょっとだけ覗くつもりでガラスの扉を開いた。

「いらっしゃーい」

 扉に備え付けられている鈴のような物がからんからんと鳴った反応か、店主のおじさんのめんどくさそうな挨拶が聞こえた。

 そんなめんどくさそうな態度だからお客さん来ないんじゃないの? 別に話しかけるわけじゃないからどうでもいいけど、ちょっと感じ悪い。

 だが、どちらかというと、ほっといてくれた方が色々とあされる。

 同人誌やアンソロジーは期待してないけど、一昔前のコミックの中に百合っ気のある物を見つけられたらラッキーだ! というくらいにしか期待はしていない。

 読んでみてハズレだったとしても、ざっと見る限り、コミック類はほとんど百円台だし、ママからもらった五百円で買っても最低四冊は買える。電車代を出して新品を買いに行くのも冒険だけど、どうせ冒険するなら古本も読んでみようかな……。

 店主のおじさんは、相変わらず虚ろな目でテレビを眺めていた。じろじろ観察されては百合本探しは出来ないので、逆に有難い。

 まず、入口に近い棚の上から順に目を動かす。背表紙しか見えないのに、タイトルだけで判別するのって難しいなぁ。新品なら店頭で平積みしてるから表紙のイラストとか帯で判別出来るし、予め発売日が分かっている続巻なら背表紙だけでも探せるけど……。

 古本って、意外と手ごわいっ!

 だけど、この中にお宝が埋もれてるかもしれないと思うと、諦めて店を後にすることが出来ない。コレクターの悲しい性だ。

 すでにコミック棚も半分が過ぎ、少年マンガコーナーらしき青い塊が近づいている。


 やっぱり、古本屋に癒しを求めるのは難易度が高かったかなぁ。それとも、明らかに男女の恋愛っぽいタイトルだけ飛ばして、片っ端から表紙見てみるくらいしてみようかなぁ。

 無かったらどうせもう二度と来ることもないだろうし……。

 一度ちらりと店主に目を向けたが、入店してからぴくりとも動いていない。それはそれでどうなのって思うけど、まぁいいや。

 改めて選別しようと入口の方まで戻ると、足元で輝く文字が目に映った。

 か、神っ!神がいたっ!

 これは百合マンガと小説を特集した雑誌のバックナンバーじゃないかー!

 こ、こんな所で出会えるとは……。コミックにばかり気がいってしまって、足元にあった平積みの古雑誌にお宝が置いてあったなんて、思いもよらなかった!

 角は多少ボロボロだけど、この様子からすると手垢もべったべたなんだろうけど、それでも、私にはピカピカに光る玉手箱だ。

 透明なビニールの上からそっと手にすると、一気に気持ちが高まった。嬉しいような、いけない物を見つけた罪悪感のような、とにかくドキドキが止まらない。

 来て良かった! 諦めなくて良かった! くすぶっていた一日がようやく報われたんだ!

 神様、百合様、仏様! マリア様もありがとう!

 興奮は収まらないけれど、ふところに収めなくては……。

 私は小走りになりそうな足取りを押さえながら、店主の待つカウンターへと向かった。


 お、おじさんと言えど、さすがに「乙女たちの花園」とか「可憐な少女の秘め事」等々と書いてある表紙を見られるのは、羞恥心が躊躇わせる。

 だが、古代遺跡を発掘して見過ごす学者はいないのと同じだ! 私に発掘してほしくて呼び止めたこのお宝を、諦める手なんてどこにもない!

「はーい、決まったぁ? 」

 近付く私の気配を察知したのか、ぴくりともしなかったおじさんが振り返った。

 すでに自分の物のように抱きかかえていたそれを、おずおずとカウンターに載せる。

 ……が、やはり罪悪感と羞恥心の衝動には勝てず、とっさに表紙を裏にして差し出した。

「九十円ねー」

「は、はい!」

 存在にばかり気を取られていて値段まで見ていなかったが、九十円? コミックが百いくらなのに、古雑誌ってそんなに安いの?

 思わぬ安値に、私の興奮は更なる高みへと導かれて、財布を取り出す手が震える。がんばれ私! お金を払えば、乙女たちの色々が私の物になるんだ!

 緊張で冷たくなった指先で、ママからもらった五百円玉を掴んだ。

「お父さん、ご飯だってー。店番代わるよ」

 ……聞いたことある声、見たことあるおでこ……。

 っていうか、会いたくなかった顔……!

「もう飯か。じゃあ菜々香、交代よろしくな」

「うん。……いらっしゃい、御影さん」

 さっさと奥へ引っ込むおじさんから私のお宝を受けとり、手際よく紙袋に入れる氷堂さん……。

 さ……最悪ーっ!

 


 とんだファーストショッキングだ……。

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