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◆39◆ファーストトランザクション

 

 知ってしまった……。

 パッと見男子なガイちゃん先輩には彼氏がいて。しかしその妹は百合っ子で。しかしパッと見男子第2号の藍ちゃんは百合っ子で。その意中のお方もパッと見男子な百合っ子で。

「そうだたんですねー……。蒼さんと茜さんが……なるほど」

 だから、私はあまり驚かなかった。ここまで個性が並んでいれば、もう多少のことでは驚けないのが正直なところだが……。

「ごめんね、茜が嫌な思いさせたみたいで……」

 申し訳なさそうに眉尻を下げる蒼さん。「まったくもう……」とぼそり呟いている。

 グラウンドの隅っこ、私は蒼さんと撮影風景の見えるベンチに並んで腰掛けている。かなり距離があるので、ママや茜さんに聞かれる心配はない。

 7月の太陽は容赦ない。そんな中の撮影に顔色ひとつ変えない茜さん。プロのモデルですかあなたは。そのままぷりプリティーンの専属モデルにスカウトされるんじゃなかろうか。ママもかなりお気に入りみたいだし、有り得るかもしれない。

 校舎の蔭が有り難く、私はスタッフさんにいただいたお茶を飲みながら涼んでいる。撮影隊には申し訳ないが、時折柔らかく吹く風も心地よい。

「いえ、私は大丈夫ですけど……」

「藍ちゃんにも謝らないとね……。はぁ……」

 蒼さんは相変わらずペットボトルを握りしめたままで、項垂れて頭を抱えた。こういう面倒ごとが初めてではないのだろう。ヤキモチ妬きな恋人を持つと苦労するんだな、とちょっと同情……。

 そして子犬のようにキャンキャン吠えたり泣いたりしていた永井明徒を思い出す。あやつに関しては同情心は芽生えないが、それでも氷堂さんを思う故の暴走だったということだけは伝わってくる。大事なことなので二度言うが、あやつに対しては同情心は芽生えない。ここはテストに出します。

 蒼さんは膝に頬杖をついて遠い目をしている。私は男子顔負けのその整った横顔をチラ見しながら、女子にモテる女子の定義を考察していた。しかしそれに決定的な結論はなかった。

 かっこいい女子=モテる、というのは必ずしも定義に必須なわけではない。逆パターンでかわいい系男子を好む私のようなタイプも現に存在するわけで。

 だからつまり、男とか女とか、かっこいいとかかわいいとか、そんなことは恋愛において計れる定義など何もないという……結論のない結論に至った……。

「蒼さんが謝ることじゃないですけど、でも藍ちゃん、傷ついたと思います」

「……だよねぇ」

「蒼さん自身は藍ちゃんがおうちに来ること、どう思ってるんですか?」

「どうって……」

 蒼さんは少し躊躇っていたようだったが、辺りに人影のないことを再確認してぽつりと話し始めた。

 茜さんとは付き合って3年目。お互いに目を引く容姿なので、学校では百合ップルだということをひた隠しにしているらしいのだが、他の人に告白されて「付き合ってる人はいない」と言うだけでも、茜さんの逆鱗に触れるのだとか。……どうしろっちゅーねん。

 ちなみに蒼さんは嫉妬に関しては無頓着らしく、浮気でもしない限りは誰と何をしようが、誰に何を言おうが妬かないらしい。それはそれで、なんかケンカの火種になりそうだが……。

「正直、家に人が来るのは苦手なんだ。家でくらい素の自分でいたいからね。でも、藍ちゃんといると落ちつくんだよ。藍ちゃんは昔のぼくに似てるから、なんかほっとけないんだよね」

 そうは言っても、蒼さんの視線の先には茜さん。ヤキモチ妬きで意地悪するところもあるけれど、それでも蒼さんにとっては1番大切な人なのだろうというのが伝わってくる。

 蒼さんが水を口にしたタイミングで、私もお茶を1口。聞きたかったこと、言いにくかったことが、水分と共に腹に収まっていく。

「あの、ありがとうございます。その……秘密のことを私なんかに教えてくれて」

「いや、全然。湖渡子ちゃんも頑張ってね。藍ちゃんはぼくの大事な妹みたいなもんだからさ」

「……頑張って?」

 上体を起こした蒼さんと目が合う。お互いハテナ顔になる。

「えっ? 好きなんでしょ? 藍ちゃんのこと」

「えっ? ち、違いますよ!」

 私は反射的に両手と顔をぶんぶん横に振った。ペットボトルの中のお茶がジャバジャバ鳴った。

 そういうものなのか? 百合属性の人は女同士の友情も愛情に見えるものなのか? そういうものなのか?

「違うの? まぁいいや。じゃあそっちは抜きにしても、友達として藍ちゃんをよろしくね」

 なぜか赤面する私に、蒼さんはくすくす笑った。ほんとに違います、そう重ねたかったけれど、柔らかいその笑顔が諦めさせた。

「茜がいない時なら、いつでも遊びに来ていいよって、藍ちゃんに伝えといて? よかったら湖渡子ちゃんも一緒においで。藍ちゃんの友達なら歓迎するよ。ちょっと訳あって独り暮らしだから狭いけど」

 独り暮らし? 高校生なのに? という疑問が頭を擡げたけれど、バッグを担ぎ直し立ち上がったので聞かないことにした。「ありがとうございます」そう微笑み返して私も立ち上がる。

 でもごめんなさい。嫉妬深い恋人との中に巻き込まれるのも面倒ごとに巻き込まれるのも、もうお腹いっぱいなので……お気持ちだけで。

 またね、と手を振る蒼さんに頭を下げ、私は再び撮影隊の元へ。ママの背後に辿り着く寸前で、「はーい、オッケーでーす!」というスタッフさんの声と拍手が響いた。

「ママ、終わったの?」

「あら、ことちゃん。ことちゃんもお疲れ様ぁ。暑いのによく頑張ったわねぇ」

「あ、えっと……うん」

 外れていたことにすら気付かれていなかったようなのでちょっと微妙な気持ちだったが、私は素直に笑顔で頷いた。きっとぎこちない笑顔だっただろう。日陰で涼んでた罪悪感がゼロではないので。

「茜ちゃぁん、お疲れ様ぁ。暑いから早く室内で着替えましょうねー。冷たいお茶持ってきてもらいましょうねー」

 ママは私の適当な返事に疑う間もなく、メイク崩れひとつしていない妖怪ギャル夢ちゃんに駆寄って行った。いくらキャミソールにミニスカ姿とはいえ、「ありがとうございます」と微笑む目元すら涼しげで怖い。逆に怖い。絶対に妖怪だ。

 設営された簡易セットをテキパキと片付けるスタッフさんも、妖怪にメロメロな脂ぎったいちごマカロンおっさんもテンションギャルなママも、口々に専属モデルを薦めている。それを謙遜か本心か、「私にはモデルは向いていませんよ」と丁重にお断りしている妖怪七変化。

 その正体は、我ら被害者と恋人の蒼さんだけが知っている……。

「ママ? 私、先帰ってていい?」

 妖怪七変化を囲んで控え室へと戻る御一行に埋もれるママ。その背中に問いかけると、ママはちょっと驚いていたが、すぐに「いいわよ」とにこにこになった。

「でもママ、先生やスタッフさんたちとまだ打ち合わせあるから、ちょっと遅くなるかも」

「いいよ、冷凍ピザのストックあったし。じゃあこれ着替えたら帰るね」

「オッケー。ことちゃんはほんとに手がかからなくてママ嬉しいわぁ」

 ハグしてきたママは汗と甘ったるい香水の香りがした。どうせおっさんと打ち上げという名のデートでしょ? 母親と女のニオイが混ざっているような気がして気持ち悪かった。

 更衣室用に借りた控え室の扉を開くと、エアコンが付けっぱなしにされていたのか冷気が足元を過ぎて行った。涼しい。っていうか寒いくらいだ。とっとと脱いでおいとましよう。

 着慣れないセーラー服なぞ脱ぎ慣れない。汗で若干貼り付いているせいもあるが、うんせうんせと引っ張り上げて、なんとか頭を抜いた。

「……あれ?」

 ない。ないのだ。ペチャ貧乳をごまかすために買っただぼだぼTシャツが。デザイナーを母に持つ娘が着ているとは思えないダサダサな、私のハトさん柄Tシャツが……。

 ママが別の部屋へ持って行ってしまっただろうか? いや、それはない。4年生の時に買ってもらったジーパンはここにあるのだから、ハトさん柄Tシャツだけ持って行くわけがない。じゃあ、じゃあ、無意識にリュックに押し込んだ? だが覗いても財布とスマホしかない……。

 なんで? なんで?

 寒いくらいと思っていた室内。私は冷や汗が背を伝っていくのを感じた……。

「これ、探してる?」

 ハッとして声のほうへ振り返る。いつからいたのか、背後に妖怪が、いや、茜さんが立っていた。右手には、見覚えのあるだぼダサTシャツをゆらゆらさせている。

 とっさに貧相なスポブラを両手で覆った。ほぼフラットなまな板を他人様にさらさないためだけのスポブラを。寄せたり上げたりする必要のない、選ばれし者だけに許されたスポブラを。

「わ、私のです!」

 真っ白スポブラとは対称的な真っ赤な顔だろう。私は躊躇なくTシャツに片手を伸ばした。が、その手は空を切り、だぼダサTシャツは妖怪七変化によって高々と掲げられた。

「返してほしかったら、蒼と何を話していたか教えて」

まさかこんな姿でファーストトランザクションするとは……。


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