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◆35◆ファーストリーディング

 

 百合、それは素晴らしい芸術。

「ど、どうだった?」

 1週間後、藍ちゃんが百合本たちを返却しに来てくれた。

 私はメイドさんシリーズの第1部隊におかえりなさいをして、恐る恐る藍ちゃんの顔を覗き込んだ。藍ちゃんは相変わらずけろりと「うん。おもしろかったよ」と一言だけ。

「えー! それだけじゃなくてさぁ、なんかもっと……あの場面がドキドキしたなーとか、あの展開にはワクワクしたなーとか、そういうのないのー?」

「あぁ、うーん……。絵が奇麗だなって思ったのと、女の子だらけのマンガだとこういう展開もありなんだーって思った……かな?」

 なんとも曖昧な感想である。私は物足りないオーラが抑えきれず、黙って続きを促した。

「あー、えっとぉ、御礼と言ってはなんなんだけどね、あたしのコレクションも持ってきたんだぁ」

 藍ちゃんは紺色のリュックから、薄くて大きなサイズの冊子をいくつか出してきた。ごまかしたのか? 今、ごまかされてるのか? はぐらかそうとしているのか藍ちゃんは。

「藍ちゃん?」

「え? もちろんメイドさんシリーズの続きは借りていくよ? ところで湖渡子ちゃん、『空手の王子様』って知ってる?」

 それは有名な少年マンガだ。百合好き女子だってそれくらいの有名作は知っている。週刊少年ダンプで連載していて、去年からアニメも放映されるや否や、老若男女から絶大な人気を博している、青春スポ根ギャグマンガである。

「知ってる。それのヤオイ本?」

「そ! 二次創作は元ネタ知らないとおもしろくないからねぇ。湖渡子ちゃんでも知ってそうな有名どころ持ってきたの」

 表彰状を授与するがごとく、両手で差し出してくる藍ちゃん。私も併せて「へへー」と有り難く受け取る。

 薄いのでさほど冊数はないと思っていたのだが、受け取ったのは10冊を超えていた。表紙だけをチラ見する限り、イラストは原作に負けず劣らずどれも奇麗。

 問題は中身なのだが……。

 百合畑で育った私が、男子だらけの恋愛やアレコレについていけるだろうか……。

「ありがと。あとで早速読んでみるね」

「いえいえ。でも無理しないでね? BL無理だったらすぐ返してくれていいから」

 にこにこする藍ちゃん。私が初めて百合本を貸した時とは大違いだ。それも、腐女子の人口の多さがもたらす余裕の現れなのだろう。そうだろう。

 私は用意しておいたメイドさんシリーズの続きを自室へ取りに行くついでに、お借りしたボーイズたちをデスクに置いた。私のデスクに男子が上がる日が来るとは……。なんだか私のデスクじゃないように見える。

「ありがと。塾でカバンの中見られないようにしなきゃね」

 藍ちゃんはぺろっと舌を出した。かわいい。私なら塾に娘たちを連れて行くなんて、ノーパンで出歩くくらいのハラハラもんだけど。スリリングすぎて落ち着かない。勉強どころではない。見つかったら鼻つまみ間違いなしだ。変態扱い間違いなしだ。

「ま、まぁ気をつけてね? くれぐれも見つからないように」

「はいはーい。じゃ、また明日ねー」

 ひらひら手を振って、藍ちゃんは塾へと旅出った。メイドさんたちも旅出った。前回とは違うそわそわを残して……。

「さて、と」

 玄関の鍵をかけてくるり自室へ。全くわくわくではないけれど、お借りしたのだからちゃんと目を通さなければ。そして感想も述べなければ。

 いざ、ファーストリーディング!

「う……わぁ……」

 デスクチェアに腰を下ろすと、静かな部屋にギシッと怪しげな音が響いた。とりあえず手にした1番上の薄い本。読みやすい順に並べてくれたのかな、と思いきや……。

「こここここここここ……っ」

 ぺらっとめくったが最後、中表紙からノックアウトされ、ニワトリのような声が漏れてしまった。

 な、なぜ? なぜ中表紙に本番カットをもってくるのだっ? この2人はなぜ冒頭から絡み合っているのだ?

 有り得ない……百合の世界では有り得ないことが……。この世界では、BLの世界では当たり前なのか? 当たり前なのかい?

 初っぱなから出鼻を挫かれ、閉じてしまいたくなった。が、もしかしたら藍ちゃんもこんな気持ちだったのかもしれない。百合本を鼻つまみしながら読み進めていくうち、徐々に免疫がついていったとか……。うん、あるかもしれない。

 頑張れ私。震える指先で本編へいざ進まん!

「だっ……ぐぶっ!」

 言葉にならない……。変な汗をかいてきた。なぜ主人公の少年は、いけないお兄さんの手ほどきを飲んでしまうのか! もうエッチなことされるの分かっていて受け入れてるではないか!

 山なし、オチなし、意味なし……ヤオイとはよく言ったものだ……。少年たちがあんなことやこんなことするだけの冊子ではないか……!

 ストーリーが頭に入ってこないのは、私が百合好き女子だからなのか? いや、それだけではないはず。ほとんど内容などなく、そっちだかあっちだかエッチだかに引っ張っていっているだけではないか?

 色んな意味で心臓がバクバクしている。今、絶対に自律神経おかしくなってるはず。おかしい自信がある。

 そ、そうか……これは二次創作。なんとなくしか見たことのない本編とは違うのだ。腐女子たちの妄想を具現化した商業誌なのだ。落ち着け湖渡子、落ち着くのだ!

 言い聞かせてはいるものの私の自律神経が落ち着くことはなく、義務がごとくページをめくるごとに男子たちのお戯れが激しくなっていくので手の震えが止まらない。手汗もハンパない。ついでに脇汗もハンパない。汁ダク極まりない。

「ぎ……ギブ……!」

 頑張った。私は異国の戦場で力尽きた戦士だ。よく頑張った……!

 結局、藍ちゃんに借りた半分も開くことなく戦死してしまったが……。

 単に、男子たちの肉弾戦イラスト集を見ている気分だった……。

 藍ちゃん? 藍ちゃん? 藍ちゃんのマイノリティを否定するつもりはないのだけど、私には、私には刺激が強すぎて……!

「ぐはっ」

 ボーイズラバーたちを押しのけ、デスクに突っ伏した。だ、ダメだ。やっぱり私にはBLを愛する素質がないらしい。まだ動悸がする。Tシャツの首筋もしっとりしてきた。しばらく燃えかすのように燻りそうだ。

 ゆ、百合が足りない……。誰か百合を、私に百合を……。プリーズヘルプミー……。

「ことちゃーん、ただいまー。お勉強中ーぅ?」

 ママの声! 続いてノック。私は反射的にガバッと身を起こす。瀕死状態の私に動ける力などもう残っていないと思っていたが、これぞ火事場の馬鹿力というやつか!

 残像が千手観音のごとく超特急でBL本をかき集め、すでに満杯な引き出しに無理矢理押し込んだ。シワになったらごめん! 折れ目がついたらごめん! 額の汗を拭って扉に向いた。

「お、おかえりーぃ」

 くそぅ、ママめ! いつの間に返ってきていたのだ。普段はカバンやら腕時計やらをリビングにガシャガシャ置いているから判断できていたのに、こんな時に限ってルーティーンを崩すとは言語道断だ! 奇襲とは卑怯者め!

 とはいえ、壁掛け時計を見上げれば19時をとっくに回っていた。私の戦闘時間がどれだけ凄まじかったのかを思い知る。そりゃヒットポイントも0になるわけだ。改めて頑張ったぞ、湖渡子。

「プリンいただいたわよー。食べよー?」

 いつもよりワントーン高いママの呼び声に「はーい」と良い子ちゃん返事をし、冷や汗で貼り付いていた前髪を手櫛で整えた。

 ん? その前に夕飯は? と思いつつ自室の扉を開けると、そこにはにこにこ顔のママと……。

「湖渡子ちゃん、久しぶりだねぇ」

 知ってるけど、知らないおっさんがいた。


ちなみに筆者も元腐女子です(笑)

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