◆33◆ファーストデート
「ゆ……百合が……」
誰もいない公園。陽の当たるベンチ。テストも終わり、糖分も補給したところ。さわやかにカミングアウトするには絶好のシチュエーションじゃない?
なんかファーストデートのような絵面だけど……。
さあ、言うのだ! さらりと、自然に、ケロッとした感じで言えば……そうすれば、キモオタ百合ブタ女と思われなくてすむ……かもしれない……。
「ゆ、百合の……」
ダメだ! どうしても藍ちゃんのリアクションが怖い。いい感じでお友達ゲージが上がってきたばかりだというのに、ここでドドーンとどん底まで、いや、マイナスまで落ちてしまったら……。言いふらされでもしたら……。
俯き、膝の上に拳を作る私。仲良くなりたいと思っているお友達だからこそ躊躇ってしまう。
言うべきか、やめるべきか……!
「あー、百合ってGLのこと?」
ごにょっていた私とは裏腹に、藍ちゃんはあっけらかんと問うてきた。しかし、表情までは創造つかない。おずおずと顔を上げると、藍ちゃんは首を傾げていた。
「違ったっけ?」
「あの、いや……そう、だけど……」
「だよね。百合ってあんまり聞かないからピンとこなかったけど、要は女の子同士のでしょ?」
ハテナ顔の藍ちゃん。そのハテナが何を差すのか分からず、私はひたすらビクついていた。
「そっかぁ。湖渡子ちゃんは百合が好きなんだぁ?」
藍ちゃんの口端が上がっていくような気がしてたまらなかった。
ダメだ! 弁明するなら今敷かない!
「いやっ、でもね、あの……だからって私自身が女の子好きとかじゃなくて! いや、そりゃかわいい女の子を見るのは好きだけど、そういう好きなんじゃなくて! 私はただ、女の子同士のそれが……あっ、いや、それっていうのはエッチなのとかじゃなくて……!」
「……う、うん。分かってるよ?」
「えっと、だから……どっちかっていうと、私はかわいい系の男の子が好みだし、ほらっ、だから藍ちゃんも最初会った時かわいい男の子だなーって思って……あっ、いや、そうじゃなくて……」
……キョトンとされた。
弁解? 弁明? 釈明? 言えば言うほど泥沼にハマっているのが分かる。それをまたどうにかしようともがくが、身振り手振りも声も大きくなっていくだけで……。
「あの、だからね、藍ちゃん。落ち着いて聞いてくれる?」
「……あたしはさっきから落ち着いてると思うけど……」
確かに。
落ち着くのは私! 落ち着け、落ち着け、御影湖渡子!
藍ちゃんに嫌われたくないでしょー?
「藍ちゃん! 私はね、百合が好き。百合マンガとか百合小説とか大好きなの。大好物なの!」
きっと、顔真っ赤。
藍ちゃんは相変わらずのハテナ顔のまま、こくんと1つ頷いた。
「でも、キモいと思わないで? 私は、藍ちゃんたち腐女子さんたちがただBLが好きっていうだけなのと同じで、私は百合が好きってだけなの! 百合好き女子だからって、ノンケじゃないとは限らないの! ましてや変態なんかじゃないの! 百合っ子なんかじゃないんだからね?」
「うん。だから、えっと……」
「だから、キモいとか思わないでほしいの! 私は百合っ子でもレズでもないから! 単に二次元の女の子たちの恋愛を見てるのが好きなだけなの! それって腐女子さんたちと同じでしょ? 同じじゃないかもしれないけど、私のほうがキモいかもしれないけど、だけど、私はレズとかじゃないからキモいとか思わないでほしいの!」
一気に吐き出した私の呼吸は荒かった。
言ってしまった……。バラしてしまった。宇未ちゃんにも言い出せていない、私の最大の秘密を……。
しばらく見つめ合っていた。お互い相手の出方を待っている。
ずっとハテナ顔だった藍ちゃんの眉尻が、ゆっくり下がっていった。
「言ってくれてありがとう。でも、あんまり聞きたくなかったかも……」
「え……」
あー……やっぱ、そうですよねー……。そうなりますよねー……。
「ご、ごめん藍ちゃん! 忘れて? 今の全部忘れて?」
「いや、だって……湖渡子ちゃんがそういう感じなら、もうあたしとは関わらないほうがいいよ……」
藍ちゃんがスッと立ち上がる。バッグ片手に「じゃあ」と走り出した。慌てて私も立ち上がる。バッグなぞ放置で追いかけた。
「待って! 私は藍ちゃんと仲良くしたかっただけなの! だからカミングアウトしたの! 藍ちゃんなら理解してくれるかなと思って。私のこと否定しないかもって思って!」
こんな時だけは俊足で有り難かった。すぐに追いついた私は、藍ちゃんの腕を掴んで懇願する。藍ちゃんは素直に立ち止まってはくれたものの、顔は背けたままだった。
「ごめんね、藍ちゃん……。私のキモいとこなんて知らなきゃよかったよね? もう嫌だって思ったよね? でもね、藍ちゃんだけなの。仲良しの宇未ちゃんにでさえ言えてないの。変な趣味だって、レズだって思われたくなくて……。嫌われたくなくて……」
「それで否定するくらいなら、友達になんてなれないんじゃない?」
めちゃめちゃ冷たい声だった。表情は分からない。そっぽを向いているから。だけど、肩越しには切なさを感じた……。
「湖渡子ちゃんは、百合好き女子もレズも、気持ち悪いかもって思ってるんでしょ?」
「う、うん……。傍からみたらそうかもしれないから……」
言うと、藍ちゃんはゆっくり振り返った。
「蒼さんは、女性だよ」




