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◆32◆ファーストフレンド

 御影湖渡子は、『流す』を覚えた!

 要はあれだ。私はアホだったわけだ。

 常にくそ真面目に顔面キャッチしていたがゆえに、いつもいつも悩んでばかりだったのだ。

 要はあれだ。キャッチしなければいいのだ。打ち返さなければいいのだ。

 御影湖渡子は、クールになることを覚えた!

 ……というわけで……。

 めちゃめちゃ気まずかった家庭教師との時間は、常に勉強、勉強。私語などは一切しなかった。

 ただ、報告だけは一言「返しときましたんで」と。茜さんもいつもの調子で「そう、ありがとう」と微笑んだだけだった。

 真実も思考も真相も分からない茜さん。距離を置いて、関わらないのが1番だ、ということも学習。

 中間テスト初日、私は開き直った顔で登校した。

 元々目立たない陰キャラなので、数日休んだ程度の私を気にする人はほとんどいなかった。まぁテスト前なのでそれどころではないのもあるのだろう。親友の宇未ちゃんだけは「湖渡子ーぉ」と、おちびの私を抱きしめてくれた。宇未ちゃんかわいい。やっぱり大好きだ。

 席に着くと同時に視線を感じた。どうせ氷堂さんだろう、そう構えて冷静沈着を心がける。ゆっくり視線を辿ると、案の定そこには氷堂さんがいた。

「御影さん、久しぶり」

 冷静沈着がデフォルト搭載の氷堂さんに負けじと、私も無表情を向ける。

「久しぶり」

 一言だけ口にして、私はすぐに向き直った。悪あがきのふりをして、教科書に目を走らす。

 まだ何か言いたげに立ち止まっていた氷堂さんだったが、さすがにテスト直前なので諦めたらしく、そのまますぐ席に着いたようだった。

 意外とできるじゃないか、湖渡子。やればできるじゃないか、湖渡子。最初からこうやって流せばよかったのだ。いちいちリアクションしたりうじうじしてたからつけ込まれたのだ。

 よしっ、目指すはクールビューティー!

 ……とはいえ、顔面偏差値も幼女体型も、クールビューティーとは程遠い。

 おまけに家庭教師の甲斐も虚しく、テストの結果もあまりよろしくなかった。頭脳明晰にも程遠い。

 …・…まぁいいのだ。所詮は御影湖渡子なのだ。文字通り身の丈にあったままでいい。ビューティーではなくともクールにいくのだ、これからは!

 テストウィークは、毎日終鈴とともに下校した。他の誰にも話しかける隙を与えず「宇未ちゃん、帰ろ」と、慌てて支度する宇未ちゃんを半ば急かした。宇未ちゃん、ごめん。

「やっと終わったねぇ、テスト。湖渡る子はどうだった?」

「聞いちゃう? 私にそれ聞いちゃう? 残酷なことするねぇ、宇未ちゃんてば」

「そんなこと言ってぇ! どうせそつなくこなしてんでしょ? 湖渡る子のことだから」

 宇未ちゃんの見解だと、足の速いやつ=用量がいいやつ、らしい。全くもって偏見極まりないと否定しておいた。

 そして、ニュー湖渡子は身を滅ぼす話題は深掘りしない。

「宇未ちゃん、そういえば読書部の友達に御礼言っといてね?」

「あー、美空さんの連絡先? うんうん、伝えておくよ。来週からまた部活だしねー」

「ありがとう。おかげで用が済んだって言っといてー」

 ……何も解決はしてませんけどね。

 通学路も終わりに近付く頃、ほんのり甘い香りがしてきた。タイ焼き屋さんである、宇未ちゃんちだ。「じゃ、また来週ねー」と手を振った宇未ちゃんだったが、すぐまた家から出てきた。

「これ、お母さんが湖渡子にって。テスト終わったご褒美だってさ」

「ぇー、いいのっ? おばさーん、ありがとうございまーす!」

 聞こえたかどうかは分からないが、ガラス越しにタイ焼きをひっくり返してる宇未ママは、にっこり笑ってうんうんと頷いた。嬉しすぎる。宇未ママも大好きだ。

 受け取ったタイ焼きは焼き立てだったらしく、袋越しでもアツアツが伝わってきた。心も温まる。宇未ちゃんにもう一度またねをして、今度こそ足を進めた。

「御影さーん!」

 と、数歩進めたところで背後から呼び止められ振り返る。後方から走ってくるのは女子制服を纏った男子……じゃなくて、長身ショートカットの美空さんだった。

「3組覗いたらもういないし、下駄箱見たらもう帰ってたから……はぁ、疲れたぁ」

 私の隣に並ぶと、美空さんは弾む息を整えた。

「ごめん、何か約束してたっけ?」

「ううん。一緒に帰りたかっただけ」

 つぶらなお目々を細めた美空さん、相変わらずかわいい。かわいい系男子に見えるけどかわいい。女装男子に見えるけどかわいい。

 照れ隠しに「なにそれぇ」と言うが、嬉しくてニヤニヤが止まらなかった。

 あの晩以来、美空さんとの仲は急激に深まった。私は美空さんの、美空さんは私の身を案じ、お互い「あの女には気をつけよう!」という団結の元に、毎日メッセージアプリでやり取りしていた。

 茜さんはうちの家庭教師なので、ママにバレたらまずいことは私に対してはしないはず。だが美空さんの場合、以前のように登校途中で出くわす可能性がある。隙をみて、また嫌がらせをされる可能性がゼロではないのだ。

 なにより元より、ターゲットは美空さんなのだ。狙われるとしたら私ではない。

「ねぇ、湖渡子ちゃんって呼んでもいい?」

 怯える小動物に見つめられているようだった。私が「もちろん!」と見上げると、ホッと嬉しそうな笑顔を見せた。

「あたしのことも藍って呼んで? ……似合わないと思うけど」

 ……やっぱり、気にしているらしい……。

「う、うん。なんか急に変えるの照れくさいなぁ」

「だね。分かる分かる」

 パッと見、女子中学生の制服を着た小学生女児と男子中学生にしか見えないであろう私たち。だが会話は確実に青春である。恥じらいの塊の思春期である。

「みそ……藍ちゃんは習い事とかしてるの?」

「ううん。習字と絵画を習ってたんだけど、どっちも小学校卒業と共にやめちゃった。部活に憧れてたからね。湖渡子ちゃんは?」

「私は何もやってないよ。いいなぁ、絵画とかやってみたかったなぁ」

 そしたら今頃は、自分好みのオリジナル百合マンガ書き放題……!

「いやいや、あたしが通ってた絵画教室は風景画ばっかだったからつまんなかったよ? あたしはイラスト描くの上手くなれるかなーと思って親に頼んだんだけどさ。実際はわざわざハイキング行って描いたりとか……そういうことがしたいんじゃなかったから、毎週毎週ブルーだったなぁ……」

 藍ちゃんがトオイメになってる。相当嫌だったらしい……。

「分かるぅ。私もインドア派だからさ、公園行くより家ん中で遊んでたもん。ハイキングとか苦手ー」

「一緒だね。あたしは公園行っても、ベンチで本読んでるか、駄菓子を買い食いしてるかだったよ」

 同時に笑う。ミニマム化した藍ちゃんを想像。なんとも可愛らしい。

 メッセージでのやり取りも手伝って、藍ちゃんの考え方や性格はちょっとだけ把握できてるつもり。私と似ている箇所があるのも、普段は穏やかで飾らないところも、付き合いやすくて落ち着く。ほっこりする。

 ほっこり? ふと、右手のぬくもりを思い出した。

「藍ちゃん、あんこ食べれる?」

 私は袋に入ったままのタイ焼きをカサカサと上下させた。

「あんこ? うん、和菓子も洋菓子も好きだよ」

「ほんと? いただきものなんだけどね……」

 それから私たちは、制服コスプレのまま公園へ向かった。平日だしあまり人気ひとけもない公園なので、ベンチも選びたい放題。その1番陽の当たるベンチをチョイスして、2人並んで座った。

 ちょっと寄り道、がまた楽しさを増幅させる。頭と尻尾に切り離したタイ焼きを差し出すと、藍ちゃんはお目々をきらきらさせて「ありがとう!」とパクついた。

 宇未ちゃんはもちろん大好きだが、宇未ちゃんは小説派なのであまりマンガの話題はしない。しかし、専らマンガ派だという藍ちゃんとはある程度話題に出してもよさそうな気がした。

「あの、藍ちゃんは何系のマンガ読むの? その……BLばっかりなの?」

「ううん。少年ダンプとか少年ヨンデーとかも読むよ? うち、お兄ちゃんいるから貸してもらったり、友達と交換したりして。BLはその先かなぁ?」

 やはり『百合』というワードは出てこないか……。私はがっかりが顔に出ないようにしつつ、話の続きを促す。

「そ、その先とは?」

「あぁ、だから二次創作ってこと。友達のお姉ちゃんがアニだらけとかで買ってくる同人誌を回してもらうの」

「な、なるほど……」

「……湖渡子ちゃん、さっきからちょっとキョドってるけど……もしかしてひいてる……?」

 多分お互い赤面してるだろう。私はドキドキで、藍ちゃんはハラハラで。

「ち、違うの! 私は別にBLとかに、BLとかに偏見があるんじゃなくて、その……」

 今のは吃ったのではない。大事なことだから2度言ったのだ。特に「とかに」が重要。『とかに』が。

 勢いよく否定したわりには、結局話を繋げることができなかった……。

 だって、やはりBL派には仲間がいるのだ。友達だけではなく、そのお姉ちゃんまでもがキャッキャウフフできるほどの巨大組織なのだ!

「そう? それならよかった。婦女子って結構キモがられることもあるからさ。こそこそしてる人たちもいるけど、あたしは特に隠してるわけじゃ……って、湖渡子ちゃん、聞いてる?」

 なんか、余計に言いづらくなったような……。

「うん、聞いてる聞いてる! 私はBL読んだことないけど、思考はそれぞれなんだし、なんで偏見の目で見る人がいるのかなーって考えてて……」

 本当は違う。私も最近までBL否定派だったのだ。もちろん、腐女子さんたちをキモいとか思ってたわけではない。あくまで男同士のイチャイチャが美しいと思えないのだ。理解できないのだ……。

 だけど、腐女子さんたちには仲間がいる。仲間がいるということは、すなわち絶大な理解者がいるということなのだ。

 それに、百合好きと違い、自分も同性愛者だと疑われることはまず少ないだろう。ダブルで偏見の目を向けられる私とは違う……。

「だよねー。湖渡子ちゃんは? どんなマンガ読むの?」

「わ、私? そ、そうだなぁ……」

 考えるふりをして目を逸らす。期待と興味津々の視線が痛い……!

 言う? 言っちゃう? 言っちゃう? 湖渡子ぉ……!

 藍ちゃんになら……カミングアウトしてもいいかなぁ……?

 中学に入って初めてのファーストフレンドだし!

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