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◆31◆ ファーストライ

 コンビニの灯りが眩しい。ジャージ姿のお兄さんが、ピンコーンというチャイムをくぐり吸い込まれていく。たまに吹く夜風が、ショートカットの美空さんの前髪を揺らしている。

 純粋に私の言葉を信じ、心底ホッとする美空さん。「ありがとね」と手を出されてあわててバッグから取り出す。

「これ、でいいんだよね?」

「うんうん、ありがとう。ほんとあたしってばドジなとこあるんだよね。ごめんね御影さん、わざわざ来てもらっちゃって」

「ううん、私こそ。テスト前なのにごめん」

 差し出した瞬間、いやいやと手を振る美空さんの手に当たり、黄色の定期入れはふっ飛んでいった。

「あっ、ごめん!」

 同時に発した言葉だったが、先に拾い上げたのは美空さんだった。しかし私は見てしまった。落ちた時に開いた定期入れの中身を……。

「……また見られちゃったね。恥ずかしいなぁ……」

 私の表情で察したのだろう。美空さんは見る見る真っ赤になっていく。気まずい私とほぼ同時にぽりぽりとこめかみをかいた。

「蒼さん、だっけ? ほんとに好きなんだね」

「う、うん……。キモいよね、スマホにも定期入れにもとかストーカーだよね……」

「い、いや、いいんじゃないかな? 家に押し入ったりしてるわけじゃないんだろうし……」

「おおおおお押し入ったりなんてしてないよー! お邪魔したことはあるけど、ちゃんと了承の上であってだねっ」

 ……まぁそうなんだろうけど、若干動揺がみられますよ、お嬢さん……。

「じゃあ私帰るね。美空さんはコピーとって帰るん……ん?」

 視野の端っこに動くものを感じて足元を見る。風に煽られてメモ用紙のようなものがぴらぴら踊っていた。

「これ、美空さんのかな?」

 私はそれを拾い上げて差し出す。定期入れに挟まっていたものかな、と。

 覗き込んだ美空さんの顔色が、今度は急激に青ざめていく。ただならぬ表情に、私も恐る恐る目を通した。

 そこには『もう蒼の家には来ないで』と書いてあった……。

 しばらく沈黙が続いた。美空さんにどんな言葉をかけていいのか分からず、私はその残酷な一言が記された紙切れから視線を上げられなかった。

「これ……御影さんが書いたの……?」

 思いもよらない問いかけで、ようやく金縛りが解けた。何を言ってるのかと思わず声を荒らげる。

「そんなわけないじゃない! なんで私が美空さんの恋路を邪魔しなきゃいけないのっ?」

「そう……だよね……。ごめん、蒼さんの字じゃなかったから……」

 確かに、蒼さんは『ぼく』と言っていた。それに自分で『蒼の家に』とは書かないだろう。言われてみれば、あのチャック半開きでスマホこんにちはの蒼さんがこんな奇麗な字を書けるようには見えないし……。

「落ち着いて、美空さん。蒼さんはこんなこと言う人じゃないんでしょ? 誰かのいたずらだよ、きっと」

「……じゃあ、誰の?」

 美空さんの目つきが変わった。つぶらな目がスッと細まっていく。

「だから、私じゃないよっ? だって私、今さっき知ったんだよ? 美空さんが蒼さんちにお邪魔したことがあるって」

「じゃあ誰なの? 誰がこんないたずらしたっていうの? この定期入れは御影さんちに落ちてたんでしょ?」

 ぐっと押し黙る私に、美空さんの目がさらに細まる。完全に怪しんでいる。偽善で塗り固めた、嘘つきの私を。

 そして私は気付いてしまった。この一連の作戦の目的を……。

「あの、美空さん……。『成海さん』って蒼さんのこと……?」

「……そうだけど?」

 やっぱりそうだ。てっきり女性の名前だと思っていたが、蒼さんの名字だったんだ。

「あのね、怒らないで聞いてくれる? ……ううん、嘘ついたのは私だから、怒ってもしょうがないけど、信じて最後まで聞いてくれる?」

「……嘘?」

 いぶかしげな表情のまま、美空さんは少し首を傾げた。無理もない、嘘だの信じてだの、一体なにを言い出すんだこのちんちくりんのペチャパイは、と思っているのだろう。

「嘘ついてごめん! これ、実は私が拾ったんじゃないの。私の家に落ちてたんでもないの。……その……頼まれて……」

 腹をくくって切り出したのに、口の中がどんどんごにょごにょしてくる。美人家庭教師の、あの冷たい笑顔が脳裏を過ぎった。

「分かった、茜さんでしょ!」

 そう言うと、美空さんは私から紙切れをむしり取り、拳の中でぐしゃっと握りつぶした。

「し、知ってるの? 茜さんのこと……」

「御影さんこそ、なんで知ってるの? 茜さんに頼まれたんでしょ? どういう関係なの?」

 いつもはおだやかな美空さんの語気が強まった。そうだ、茜さんが言っていた『わたしは嫌われているから』と……。

「あの、家庭教師してもらってて……。あ、でも、それを託されたのはその前で。……いやそれは関係ないんだけど。とにかく返しておいてほしいって頼まれたの。成海さんちに落ちてたって伝えて、って……」

 外国人と片言で話す時のように、私の両手はあっちこっち動き回る。いいわけのように聞こえるかもしれないが、これが真実なので必死で訴えた。

 そして私はもうひとつ気付いてしまったことがある。

 茜さんもまた、蒼さんを狙っているのだと……。

「ふーん、そうなんだ。御影さんはあの性悪女に振り回されたってことね?」

「そう……みたい……。でも、嘘ついたのは事実だから謝る。ほんとごめん。なにがなんだか分からなかったけど、ただ、ややこしいことに巻き込まれてるっぽかったから……めんどくさくなって、うちに落ちてたなんて嘘ついて……」

 それ以上続く言葉がなくて、私は深々と頭を下げた。美空さんはひとつため息をついて「大丈夫だよ。こっちこそ疑ってごめん」と私の肩に手を置いた。

「でも御影さんも気をつけて? 茜さんて美人で頭がいいから騙されないようにね。本性はこういう陰湿な人だから」

 言って、更に拳に力を入れている。またもクシャッという音がした。

 無理もない。いたずらどころか、これじゃ嫌がらせだ。直接言えばいいものを、友達を介して間接的に通告するなんて。怒って当然だ。

 っていうか、ちょっと恐怖すら感じる……。

「あんまり気にしないほうがいいよ、美空さん。こういう嫌がらせする人って、相手の反応見て喜んでるだけだったりするじゃない? ほら、いじめっ子とかもそうじゃん」

「……ちょっと違うと思うけど……。まぁうん、大丈夫。あんまり気にしてないから」

 美空さんはへらりと笑ってみせた。ぎこちない、だけど精一杯の笑顔で。

 嘘つきな私についた美空さんのファーストライはバレバレすぎて切なすぎて……。

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