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◆28◆ ファーストプロポーザル

5年間ほったらかして申し訳ございませんでした(汗)

これからもまた少しずつ更新して参りますのでよろしくお願いします♪

 結局、予鈴というスイッチが入るまで、私の足は固まったままだった。

 同時に男子くんの手が黒ブラからサッと引き抜かれた。ゆっくり目を開け始めた氷堂さんの視界に入らぬうちに宇未ちゃんと渡り廊下を走る。足音など気にしている余裕はない。

 こんな時だけ自分の俊足に感謝できた……。

 おかげで午後の授業が身に入るわけがなく。赤く染まる頬で黒ブラに誘う姿が何度もリピート再生される。心なしか、宇未ちゃんの背中もそわそわしているように見える。

 なんなの? 本当になんなの? 氷堂さんの行動が何1つ理解できない。

 私がふったから? 私への当てつけ? それなら永井妹とよりを戻せばいいじゃない。

 それに氷堂さんは小学校の頃から百合っ子だったはず。だったらなんで男子とあんなことを……。

 やっぱり、私への当てつけか、もしくはこの短時間で百合っ子から足を洗ったか……。いずれにしても、そうじゃないにしても意味が分からなすぎる……。

 帰り道、せっかく久しぶりに宇未ちゃんと下校だってのに、私たちの会話は笑えるくらいぎこちなかった。氷堂さんに辿り着くようなワードが出てこないよう話題を慎重に選び、だけど会話は2往復で途絶える、そして沈黙。それが数回続いた。

「また明日ね、湖渡子」

「うん、また明日ね」

 笑顔もどこかぎこちないまま宇未ちゃんに手を振る。角を曲がると大きなため息が出た。……なんのため息か知らないけど……。

 ただひとつ分かることは、「また明日ね」という宇未ちゃんとの約束を守れなそうということだけ……。

「ただいま」

 どうせ誰もいないんであろう玄関の扉を開ける。が、珍しくママの靴が揃っている。仕事が早く終わったのか、私が寄り道せずに帰ってきた時にママがいるのは珍しい。それともこれから出かけるのか……。

「おかえり、ことちゃん」

 スリッパを履いたタイミングで、ママがリビングの扉から顔を出した。にこにこしている。その笑顔が、絶賛ささくれ中の私のざらつきを荒くする。

「なんでいるの? 仕事は?」

「なんでって……そんな言い方してどうしたの? ママだって早く帰れる時もあるわよ」

「ふーん。どっちでもいいけど」

 ものすごく嫌な娘だと思った。たまに出迎えてみたらなんでいるのとそっけなく言われ。せっかくの笑顔も一瞬で曇っていた。それを知りながら私はすぐ目を逸らした。

 リビングを急ぎ足で抜け、真っ直ぐ自室へ入ろうとしてふと足を止める。ママはまだ1歩も動いていない様子。私は背を向けたまま問うた。

「学校、行かなくてもいい?」

「え……? どうしたの、ことちゃん。学校で何かあったの?」

 何かありすぎて嫌なの。

「学校でいじめられてて」

 つるりと嘘が出た。苦し紛れに絞り出したからか、声も辛そうなリアルさがあったかもしれない。ハッと息を飲む音が聞こえた。

「ことちゃん、ママ……」

「いいの。ママは何もしないで? 何も言わないで? 学校に知られたくないの。行きたくなったら自分の意思でちゃんと行くから、今は黙ってワガママ聞いて欲しい」

 言葉通り、ママはしばし沈黙していた。背を向けたままの私の表情も気持ちも分からないのがもどかしくて仕方ないのだろう。

 しょうがないよ、ママ。だって今まで私をほったらかしてたんだもん。娘が学校で何があったのかなんて、うちのママに分かるわけがない。後悔しても遅いんだから。

 それに、こんなの嘘だし分かるわけがない……。

「ごめんね、ことちゃん。今まで話し聞いてあげられなくて……。ことちゃんが学校行けるようになるまで、ママお仕事休んで……」

「そういうのいいから! いいからママはいつも通りにして?」

 いつも通りほっといて、って言うのは飲み込んだ。嘘をついて心配させた後ろめたさがそれを飲み込ませた。

「でもほら、ことちゃん……もうすぐ……」

 ママがごにょごにょと口ごもる。その音源がキッチンの方を向いたのが分かった。きっと冷蔵庫を見ている。学校の年間スケジュールを見ているのだろう。

「じゃあ中間テストは受ける。それまで休ませて?」

 私はやっと振り返った。ママも恐る恐る私と目を合わす。ママの申し訳なさが伝わってきて、罪悪感が増していく。

「でも、お勉強は? ママが見てあげられたらいいんだけど……」

「中学なんて赤点取っても問答無用で進級できるじゃん。受けるだけ受けるし、勉強も部屋でなんとかやるよ」

 本当は勉強なんて、学校以外でやりたくない。ってかやれる気がしない。今はとにかく学校から逃げられれば、どんな嘘でも……。

 ん? どっかで同じような会話を聞いたような……。

「そうだ、ママ!」

 私は足元にバッグを放り、ごそごそとブレザーの内ポケットから紙切れを出す。ママは目をパチパチさせながら近付いてきた。

「家庭教師、頼んでくれない?」

 問答無用で進級できるから……。それは美空さんが意中の人と話していた会話だった。その後に色白のお姉さんから貰った電話番号、それをママに差し出した。

 うんうんうん、と何度も頷いた後、ママは嬉しそうに「オッケー!」と人差し指を立てた。

 こうして、私のファーストプロポーザルは、あっけなく受け入れられた。

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