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◆25◆ ファーストジェラシー

 私は美空さんの潤んだ目をしばらく見つめていた。なんとかしてあげたい、何か言ってあげたいと言葉を探した。でも結局見つからず、ただ彼女の指が涙を拭うのを見守っていた。


 しばらくの沈黙の後、美空さんは浅く深呼吸をして「あーぁ」と小さくつぶやいた。沈黙の均衡を破ったのはその一言。私はぐるぐるしていた脳みそを無理矢理止める為に、ぷるぷると首を振った。だってそうでもしなきゃいつまでも美空さんを見つめていそうで。いけない感情に支配されそうで。氷堂さんの言う「こっち側」になってしまいそうで。


 違う、私は百合っ子でもレズビアンでもない! そりゃかっこいい男の人よりもかわいい男の子がタイプだけど、かわいい男の子に見える美空さんはあくまで女の子。見た目は重要だけど生物学的に女の子な美空さんは私の恋愛対象にはならない。いくらいい子でも同性じゃない、有り得ないじゃない。私はノンケ、普通に恋がしたい。男の子と恋愛がしたいの!


「み、美空さん、今日は一緒に学校サボろう!」


「え……で、でも……来週からテスト前期間に入るから一応は……」


「い、いいじゃない! 私、美空さんと友達になりたいの……な、仲良くしたいの!」


「えっ、そ、それは嬉しいんだけど……あたし、ちゃんと学校行くって約束が……」


 何かが吹っ切れたように「友達になろう告白」を繰り出した私に美空さんが目を丸くする。いいんだ、これくらいしないと私はおかしくなりそうだから。ううん、仲良くしたいのは本音だし嘘ではない。ただ、女友達として仲良くなれば、氷堂さんに言われた誘導尋問は全否定できると思った。友達として仲良くしたい、そう宣言しておけば私が揺らぐ事はない、と。


「あ、おはよ、藍ちゃん」


「あああああ(あおい)さんっ! お、おはよう……」


急に上ずった声で慌てる美空さんの視線を辿ると、どこかで見た事のあるような男の人がこちらへ歩いてきていた。か細い線を見る限りは雑誌で見かけたモデルだっただろうかとも思ったけど、高くも低くもない身長からするとそうではなかった気もする。じゃあテレビで見かけたタレント? にしては特別な後光が感じられる訳でもない。じゃあどこで、どこかで会っただろうか……。


「今日は早いね。ちゃんと学校行くつもりなのかな?」


「あ、蒼さんこそ……」


「ははっ、確かに。そうなんだよ、テストが近いからってのもあるし、すでに一学期の単位が危ないからさ……。って言うと真面目そうに聞こえる?」


「……ううん、真面目な人は単位落としそうになって焦ったりしないでしょ? 焦るのは蒼さんみたいな不真面目な人だけだよ。あはは」


「えー、酷いなぁ……。まぁ正論、だよなぁ」


はにかんで笑ったその顔を見てハッとなった。昨日見た、美空さんの意中の人だ。そう気付いて美空さんの方を見ると、顔を真っ赤にして目を逸らした。あぁ、やっぱり……この人が……。「学校に行く約束」というやつも、この人との約束だから破れないんだとピンときた。


でも、まじまじ見ると、美空さんが言う程完璧には見えない。好き好き乙女フィルターが掛かっていて分からないのか、欠落してるとこもひっくるめて好きなのか、あるいは少しだらしないくらいが好みなのか……。はにかみ笑いで頭をぽりぽりした時に気付いた寝癖を手ぐしで直してるし、肩に担いでいるバッグの横ポケットに至ってはチャックが全開でスマホがこんにちはしている。あれじゃあいつ落としてもおかしくはないし、落としたところで落とした事すら気づかなそう……。


それでも美空さんが好きになる気持ちはすごく分かる。好き好き乙女フィルターがない私でも、完璧過ぎないところが一線を感じさせなくて親しみやすく思える。少しハスキー掛かった甘い声も、華奢なスタイルも、中性的な整った顔立ちも、爽やかな中に香る色気も、万人受けする嫌味のないフェロモンが漂っている。決してパーフェクトヒューマンではないけど、そこがまた庶民的でアイドル被れしていないのかもしれない。だから、きっとこの人の周りの人は魅かれていくんだろうな、と思った。私もまた、その一人かもしれない……。


「いいなぁ、高校生は。単位さえ落とさなければサボってもいいんでしょ? あたしも早く高校生になりたいなぁ」


「サボっていい訳じゃないよ。藍ちゃんの言う通り、ぼくが不真面目なだけだってば。ぼくから言わせてもらえば、中学生は問答無用で進級できるから羨ましいなって思うよ。どっちみちテストは憂鬱だけどさ」


不真面目? そうには見えないけど……不真面目な人は自分が不真面目だと思ってないと思うし。高校生、なんだ。私服だから分からなかった。でもよく見るとバッグには校章らしき刺繍がある。百合本を買いに行く時に電車の中でよく見かける校章、確かここから四駅行ったところにある都立高校。うちからも近いし、私服登校なのが魅力だったから電車内で目に付きやすかった。どうやらこの人もあそこの生徒さんらしい。


いいな、高校生……。私も憧れる。早く大人になりたいと、女の子らしい女の子に成長して、あんな風に恋焦がれる恋愛をしてみたいと思ってしまう。美空さんは切ない恋なのかもしれないけど、恋という恋をしたことのない私からしてみれば少し大人に見える。遠く感じる。置いてかれた気分になる。嫉妬してしまう……。


「美空さん、あの……」


「あ、えっと、蒼さん、同じ演劇部の御影さん。御影さん、こちらは……えっと……蒼さん……」


 美空さんがパタパタと手を振りながら私たちを紹介し合う。言葉に詰まったのは多分、この人をどういう関係として紹介するかで迷ったんだろう。結局言わずじまいだったけど。


 言われて蒼さんとやらと目が合う。私が黙ったままぺこっと頭を下げると、あちらもあわてて「あ、どうも」とつぶやいた。初対面って苦手。こんな時なんて言ったらいいか分からない。高校生と話した事もないし、ましてや男の人と話すなんて学校の先生くらいだからどうしたらいいか分からない。


 そんな私の心境が通じてしまったのか、蒼さんはじっと私を見下ろしていた。何、何? 思わず視線を外して美空さんにアイコンタクトを送る。だけど美空さんは蒼さんに目がハートで、ちっともこちらに気付いてくれなかった。


「藍ちゃんの事、よろしくね。あんまり学校好きじゃないみたいだからさ……」


「え……は、はい……」


「ありがとう。藍ちゃんの友達見たら安心したよ。藍ちゃん、学校、楽しくなるといいね」


 そう言って蒼さんはにこっと笑った。素敵……またもそう思ってしまう。気付いたら顔が熱くなっていた。俯きついでにちらっと美空さんを横目で見ると、美空さんもまた真っ赤になった顔を手で覆っていた。


 だけど、私の喉にはなにか詰まっているような気がした。顔が熱い。心臓がバクバクする。なのにどこか冷めたものを感じていた。


 それは嫉妬、これは嫉妬。学校が好きじゃないのは私も同じなのに、私には応援してくれる人は誰もいない。心配してくれる人も誰もいない。ママでさえ……。


 好きな人がいて、その人に心配してもらっていて、親にも愛されていて、部活でも必要とされていて……。ずるい、美空さんは私が欲しい物なんでも持ってるくせに。顔だってかわいいくせに。いじらしくてかわいいくせに。学校の何が不満なの? なんでも持ってるくせにどうして満足できないの? 私なんか、私なんか……。


 誰も見てくれない。


「美空さん、私、やっぱり先に行くね! それじゃ」


「え、あ、御影さん? 待って!」


 美空さんの言葉を最後まで聞かずに背を向けた。方向はどっちでもいい。行先はどこでもいい。とりあえずあの場を離れたくて速足で歩いた。当然学校に真っ直ぐ行く気にもなれないし、行かなかったところで心配してくれる人なんてどうせ誰もいない。


 今の私の心は、ファーストジェラシーで張り裂けそうだった。




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