◆24◆ ファーストカオス
五月晴れ、なんて言葉があるけど、私の心は五月雨。五月病どころか慢性化しそうな雨模様。
昨日の雨とは打って変わっていい天気。本当なら清々しい陽気だね、と心も軽くなる所なのだろうが私にはこれっぽっちも感じられない。それどころか、なぜか足取りは軽く軽ーく学校とは違う方向へ向いて進んでいる。軽快に学校を回避しているのは無意識半分、意図的半分……。
美空くん……もとい美空さんは嘘偽りなく生物学的に女の子だった。嘘? 偽り? 勝手に勘違いしたのは私なので美空さんは悪くない。それ以前に全く隠していた訳でもなかったんだ。「身体的特徴で抜擢するなんて」とぼやいてたのは誰?自分のつるぺた度を棚に上げて、美空さんのつるつるぺたぺたを見て、勝手に男の子だと決めつけていたのは誰?はい、私ですね。ごめんなさい。
やっぱり中学生ともなると発育は大事よね。美空さんは性別こそ誤魔化してなかったけど、制服のスカートが嫌だとか羞恥プレイだとか言ってた。つるつるぺたぺたに、ではなく、女の子としての自分が女の子らしい服が似合わない事に対してのコンプレックスを持っていた。
無理もない。失礼ながら「あたし」とか言い出すまでずっと男の子だと思ってたんだもん。確かに顔はかわいい。女の子と言われれば納得するくらいかわいい男の子みたいだった。身長だって百六十代はあるはず。ある意味発達の遅い男の子よりもしっかりと伸びていたし。声だってそこら辺の声変わりしてない男の子と比べても違和感はない。
あぁ、これら全部をひっくるめて、あるいは彼女にしか分からない部分も含めてコンプレックスに感じてるんだろうな……。私のつるぺたも相当かわいそうだけど、私はまだ女の子として認識される程度の容姿だからかわいい悩みなのかも。
いや、決して軽い悩みなんかじゃない、私は私なりに相当悩んでるしコンプレックスだもん。人の悩みなんて同じ物差しで計れないよね。きっと美空さんにだって私のつるぺたコンプレックスは理解されないもん。
だけど美空さんにはちゃんと好きな男の人がいた。だから気持ちが男の子、って訳じゃなさそうだった。単に見た目の問題だけだった気がする。
……でも、あの写真のさわやかイケメン、同性の恋人がいるって言ってたなぁ……。
氷堂さんが言ってた、「今時セクマイも同性愛も珍しいものじゃない」ってのは案外確信を突いた正論だったのかもしれない。こんな身近に何人も同性愛者がいるんだもん。百合もblも、案外フィクションじゃなかったりするのね……。
というわけで学校には行きづらい。何が行きづらいって全てでしょ。
教室に入れば氷堂さんがいる。廊下に出れば永井妹に会う。部活に行けば美空美少年がいる……という甘々青春ラブストーリーは崩れ去ったし。しかも一日と持たず、ね。
でも美空美少年……じゃなくて美空さんとは仲良くなれそうだったな。ジャンルは違えどマンガ好きという共通点があったし、なによりそれを思いの外あっさりと暴露してくれた所に好感が持てる。ひた隠しにしてるオタクはむっつりだから暴露れないのよね、多分。後ろめたい激エロだかなんだかを読んでいないからこそ、堂々とつるつるぺたぺたの胸を張って暴露できるのよ、きっと。……ってことは、私はむっつりだから暴露できない、と……?
いやいや、美空さんは腐っても女子、腐った女子。腐女子なんてその辺にごろごろいるじゃない。仲間だらけじゃない。だからこそ友達とキャッキャウフフしながらマンガ交換会できるんじゃない。
それに比べて私はどうよ?本棚の裏に縦積みするのは当たり前、ベッドの下も当たり前、タンスの引き出しの各階ごとに平積みして上から洋服を重ねるのも当たり前、押し入れなんて特区の塔に超満員。なんなら百合本だけで古本屋さん開ける程揃ってますが……いや、売らないけど。
生まれて個の方、女の子である違和感など十二年間で一度も味わった事のない私が、女の子同士の恋愛を好んで読んでる……なんておかしいよね……。変態、だよね……。
あぁ、普通になりたい。普通に生まれたかった。ママのバカ。私を産む時に手抜きしたでしょ? 自分だけ生の男に興味津々で、私には二次元の女の子に興味津々しか与えてくれなかった事を今更恨みますよ。
……生の男性……私に関わる時が訪れるんだろうか……。本郷くんといい、美空さんといい、私には縁遠い話に思えて仕方ない……。
「あれ? 御影さん……?」
もやもやと、ぐるぐると、あれこれ考えながら適当な道を歩いていると、見知らぬ路地に差しかかった所で呼び止められた。弾みで思わず背筋が伸びる。恐る恐る振り返ると、声の主は女装のような制服姿の、だけどれっきとした校則通りの女子中学生だった。
「……み、美空く……さん……。え、あ、美空さんちこの辺なの? ぐ、偶然だねぇ……」
「偶然、なのかなぁ? だって御影さんちは逆方面じゃん? ある意味偶然だけど……学校、行かないの?」
で、ですよねー。バレますよねー。昨日お宅訪問されたばっかだもん、うちんちから学校までの道のりを知らない訳がないですよねー。
「え、え? あぁ……ちょっと遠回りしてから行こうかなぁ……って。あ、あれ? そういう美空さんこそ、学校はあっちじゃない?」
そういう私の指差す先は、私が避けてる通学路。その指先をゆっくりと辿りながら美空さんは振り返った。しばらく黙ったまま遠くを見つめているようだった。そしてこちらへ振り返ったその表情は、どこか寂しい感じがした。
「あたしもちょっと寄りたいとこあるから、御影さん先行ってて?」
「先って……まさか、サボらない、よね?」
「んー、まぁ、サボりたい気持ちは大いにあるけど、中間テストも近いことだし、そうもいかないよね」
そう言って頭をぽりぽりかく美空さんは切なそうに苦笑した。その笑顔を私は見たことがある。昨日、恋人がいるという想い人の話をしてた時の顔、あの時の顔と同じだった。
だから私は気付いてしまった。『寄りたいとこ』とは、想い人の所なのだと。
「美空さん、私ね、美空さんはかわいいと思うよ! 性格だっていいし、なんていうか……昨日初めて話したばかりだけど、すごく好感が持てたんだもん。だからきっと、いつかうまくいくと思う!」
「……かわいくなんかないよ。制服だって似合わないし、髪だって長いの似合わないし……。いくら中身が女子力高かったとしても、女らしくないと意味がないんだよ。女子力と女らしさって違うと思わない?」
「女らしさかぁ……」
言われてみれば分からなくもない。うちはママがほとんど家にいないから、ご飯は適当に食べる。でもそれを周りの子に話した時、「湖渡子って意外と女子力高いじゃーん」って言われたんだった。それに比べてバリバリの短距離覇者だった頃は、「男子よりかっこいい」って言われた……。ゴミだってポイポイ投げ捨てる。つるぺた。それは確かに女らしいとはお世辞にも言えない。そう照らし合わせてみると、美空さんの自論は的を得ている。
「例の好きな人ね、スラッとしててフェミニンで、優しくていい匂いがして、そこら辺の男の人にはない空気を持ってるんだ。本人は自尊心の欠片もなくて褒められるのを嫌うんだけど、あたしからしてみれば完璧な人間に見えるんだよ。でも、その完璧な人の恋人はやっぱり完璧な人だった。……話した事はないけど、どこからどう見てもお似合いのベストカップルなんだよ。だからあたしには入り込む隙間なんてなくてね。女子力も女らしさも、あったとしても実際はなんの意味もなかったんだけど。幸せそうなあの人を見るのは正直辛い、だけどせめて少しでも顔が見たくてさ……」
「辛いけど見ていたい、その気持ちはよく分かるよ。私も……『好き』とまで言えないかもしれないけど、見ていたい人、いるんだ。見てるだけじゃ寂しいよね。でもそれしかできない自分が歯がゆくて嫌になる。……なーんて、美空さんの『好き』とはだいぶ違うみたいだから共感なんて言ったら失礼かな」
「……ううん。話してくれてありがと」
美空さんはそう言って苦笑した。でもそれはさっきとは違って、切なさだけを感じる笑顔ではなかった。ホッとしたような、諦めを付けたような、ため息交じりの笑顔だった。浅い瞬きの後には、薄らと涙が光っていた。
なんだろう? そんな美空さんをいじらしいと思ってしまう。昨日は男の子にしか見えなかった美空さんが、今は脆くてか弱い乙女にしか見えない。素直で純粋で、自分にも私なんかにも正直な可憐な乙女にしか見えない。見た目云々の話ではなく、私なんかよりずっとずっと女の子らしくて繊細なんだと、それを持ち合わせない自分が恥ずかしくなる。見た目だけで誤解していた自分が恥ずかしくなる。
この可憐な少女の側にいたいと、支えてあげたいと、笑顔にしてあげたいと、そんな気持ちになってしまう。おかしい、変だ、美空さんの笑顔を見ているとドキドキする……。変だ、そんなの変だ。だって美空さんは女の子だと知ったばかりじゃない。……なにをときめいているの? おかしい、おかしいよ湖渡子!
落ち着け湖渡子! 今まさにファーストカオス!




