◆23◆ ファーストウィン
「ごめん、見えちゃったんだけど、この人お兄さん……だよね?」
「……わわっ! ち、違うよ! そんなんじゃなくて、この人は……」
き、聞いちゃいけなかった。この慌てよう……尋常じゃない。図星、なの? ってことは……美空くんも『リアル』なの……?
あぁ、私のバカ。早とちりも甚だしい。自分の好みの男の子とちょっと話せただけなのに、同じ部活になっただけなのに、家に上げただけなのに、マンガ好きって共通点だけだったのに……あわよくば付き合えるかもなんて。青春が訪れたかもなんて。
バッカじゃねーの!
あはは……。そうよね、こんな百合好き女子が、リアルで素敵な男の子とキャッキャウフフ出来る訳ないのよ。バカね湖渡子、人生は、ううん、中学生ライフはそんなに甘いもんじゃないのよ。美空くんは腐男子で、好きな男の人がいて……。あぁ、神様、世の中は不公平だらけですねぇ……。
「その……見ちゃってごめん……」
「……いいよ、もう……。好きな人を待ち受けにしてる方が悪いんだからさ……。でも恥ずかしいから誰にも言わないで?」
「い、言わない言わない! ……やっぱ、好きな人なんだ……」
「……うん。でも恋人がいる人なんだ。同じ……性のね……。だけど、まぁ最初から報われない思いだったから……しょうがないんだ……」
切なそう……。そりゃそうだよね、男の子の美空くんの好きな人は男の人で、その人には同性の恋人がいる、なんて報われないどころか、それこそBLアンソロかなんかの世界にしか存在しなさそうだもん。その三角関係の底辺に突っ伏してる美空くんが切なくない訳がない。同性だっていうだけでも報われないのに……。
同性、三角関係、報われない、どこかの誰かさんに巻き込まれた状態と同じなのに、どうしてこうもドロドロさが違うんだろう? 本の中の女の子たちは、どんな恋愛してても美しく輝いているのに、私たちは毒リンゴの食わせ合いをしてる魔女たちのように醜くて汚い。BL本はどうでもいいけど美空くんの恋愛の方が美しく見えてしまうのは容姿の問題だけではないはず。なのに、なぜ?
「あの……なんて言ったらいいか分からないけど……いつかいい事あるよ、きっと。私も嫌な事だらけでやんなっちゃうけど……なんていうか……」
「あぁ、気にしないで? ……って言っても無理、かなぁ。でもね、現実の恋愛がうまくいってない分、二次元に癒されてるからいいんだ! 御影さんもそうでしょ? 本って癒されるよね」
「あ、うん。そうだね……。私も現実逃避にもってこい、って思うよ。いいよね、二次元陶酔」
「うん! ……ところでさ、御影さんはどんなBL読むの? やっぱ二次創作?」
「え、えっ? わ、私はそのぅ……。あっ! ね、ねぇ、さっきから言ってた台本の確認したいとこって見つかったの? ほ、ほら、話挟んじゃったから見つけられないんじゃないかなーって……」
急に話を逸らしたからか、私の言動がおかしかったからか、美空くんは不思議な顔をして首を傾げた。きっと私の引きつり笑顔も原因の一つ。それでもこれ以上の脱獄手段が思い浮かばず、ただひたすら笑顔を取り繕った。
だって「BLなんかより、百合が好きなの! うふふ」なんて、誰が言えますかー!
「あー、そうそう。この台本、まだ読んでないって言ってたよね? 御影さんはどの役か決まってるの?」
「え、私? あー……役名は知らないけど、男の子役だって言われた……。人の身体的特徴を理由に男の子役に抜擢するとか酷いと思わない? 人前でコンプレックス曝け出すようなもんだよ。羞恥プレイだよ」
「身体的特徴? うーん、役柄ってほとんど見た目で決めるんじゃないの?」
……ご、ごめん美空くん。あなたのようにコンプレックスの欠片もないような人には分からない痛みなんだよ……放っといておくれ。
「あぁ、そういえば志緒先輩たちがスカウトしたって言ってたの、美空くんの事だったんだ。美空くんはもうどの役か聞いたの?」
「あたし? ううん、まだだけど、あたしも男の子役だって言われたんだ。まぁあたしは男の子役やってみたかったから引き受けたんだけどね。制服のスカート穿くのも嫌なのに舞台上でもスカートだったら引き受けなかったよ。それこそあたしにとっての羞恥プレイだなぁ。……御影さんはどうして男の子役嫌なの?」
はいっ?
「……男の子、役?」
「うん。たださぁ、ハーフで帰国子女の男の子らしくて……。あたし英語苦手だから、どれくらい英語の台詞あるのかを確認しておきたくて……って、御影さん? どうしたの?」
あ、あたしって言った? 制服のスカートすら嫌だって言った? え、つまり、つまり? 私以上の……つるぺたさん……ですと? かわいこ男装つるぺたノンケ腐女子って事ですかーっ!
あぁ、私のファーストウィンが嬉しくない形で終わってしまった……。




