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◆19◆ ファーストモーメント

「菜々香ちゃんは、菜々香ちゃんはあたしのなんだからねっ! 菜々香ちゃんのこと何も知らないくせに、何であんたなんかが隣にいるのよ! 隣はずっとあたしの指定席だったのに……」

 一筋の線を辿るように、次々と零れ落ちていく永井明徒の涙……。拭うことなく流れる滴は、この雨なんかよりずっと大粒だった。

「私が悪いの? 私が氷堂さんを誘惑しているように見えるの? ヤキモチ妬かれるほど仲良く見えるの?」

 そうかもしれないし、そうではないのかもしれない。どちらが悪いとは関係なく、好きな人のことを悪く思えないだけなのかもしれない。悪く思いたくないから、攻められないのかもしれない。

 思い返してみれば、ちょっと分かる気もする。私だって、宇未ちゃんと仲良くしている本郷くんより、本郷くんと仲良く出来る宇未ちゃんを悪く思っていたかもしれないから。積極的になれない自分の不器用さを棚に上げて、器用に振る舞える宇未ちゃんに嫉妬していたのも事実だけど、無い物ねだりで誰かを悪者にしなくては、ただ自分が情けなくて仕方ないんだ。

 一見自信家に思える永井明徒だけど、好きな人が離れてしまうのが怖くて、不安で堪らないのかもしれない。氷堂さんの気持ちがどうであれ、やり場のない不安を私にぶつけるしかないんだ……。

「あのね永井さん、氷堂さんが何を言おうが、何をしようが、私は氷堂さんを恋愛対象と思えないし、永井さんと氷堂さんの仲を引き裂こうとも思わない。私は百合っ子なんかじゃないし、誤解されるようなことは何もないよ?」

「恋愛対象と思えない? 傷つくなぁ。それに、百合っ子じゃないなんて言わせないよ? みんちゃん、御影さんはね、私がキスしたら……」

「氷堂さんっ! 何言うのっ? あなた人の気持ち考えたことあるの? ないよね、ないよね? いつもそうやって私のことからかったり、今だってそう! 永井さんの気持ち知っておきながら、よくそんな空気読めない発言できるよねっ?」

「人の気持ち……? じゃあ御影さんは、私の気持ち考えたことあるの? 私がただからかっているだけだと、本気で思っているの?」

「本気もなにも、それ以外に何があるの? 私はあなたと違っていつでも本気! 氷堂さんこそ、本気で人の気持ち考えられないんだとしたら、私はあなたの正気を疑う!」

 傘を叩く雨音を上回る私の声に、氷堂さんも永井明徒も押し黙った。

 そうよ、氷堂さんはいつだって……。

「おかげこねこ! あんたこそ菜々香ちゃんの気持ち知らないくせに、よくそんな偉そうなこと言えるわね! バッカみたい! あたしに同情してるつもりなのっ? いい子ぶるのやめてよね!」

「な……っ! いい子ぶってなんかないわよ! 私がどんだけ氷堂さんに振り回されてるか、あなたこそ知らないくせに、私ばっかり悪者にするのやめてよね!」

「はーぁ? 偽善者は所詮偽善者じゃない! それとも犠牲者だとでも言いたいわけぇ?それこそ頭おめでたいんじゃないっ?」

 今の今まで大粒の涙を流してたやつが、くりくりの目を見開いて突っかかってきた。どんだけ氷堂さんに執着してるのよ! どうしても私を悪者にしたいのね?

 それなら、私にだって考えがある!

「永井さん、浮気されたくないんなら、ちゃんと氷堂さんを捕まえておいてよね! あなたの恋人なんでしょ? 私もちょっかい出されたくないし、あなたもヤキモチなんか焼きたくないなら、あなたが氷堂さんをしっかり束縛してれば、お互いに嫌な思いしなくて済むじゃない!」

「何? 今度はあたしが悪いって言いたいわけぇ? 責任転換もはなはだしいんだけど!」

「いいかげんにしてよ! 百合ップルのいざこざに巻き込まないで! 私は氷堂さんのことなんか……」

 言い切ったかもしれないし、言い切る前にかき消されたかもしれない。痛みで我に返った時は、私は雨に曝されていた。

 地面に転がっているのは、氷堂さんに奪われていた私の傘。怒りで熱くなっていた頭が、冷たい雨で冷やされていく。ヒリヒリと痛む頬に触れて気が付いた。私は氷堂さんに引っぱたかれたのだと……。

「御影さん、本当に私の気持ちが分からないようだから教えてあげる。私はあなたが好き。だからみんちゃん、みんちゃんとは別れる。ごめん……」

「菜々香ちゃん……? やだよ! あたしは菜々香ちゃんが好きなのに、何であたしじゃないの? 何であたしじゃダメなの? 小学校からずっと一緒だったじゃない。ずっと一緒にいようよ! 別れるなんて言わないでよ!」

「みんちゃんのそういう自分勝手なとこが嫌なの。もう小学生じゃないでしょ? みんちゃんも私も、自分の意志で動ける歳じゃない。私は私の好きなように動きたいし、好きな人と一緒にいたい。もうみんちゃんのわがままを聞いてるだけじゃ嫌なの。だから別れる」

「ヤダヤダヤダ! 菜々香ちゃんはあたしのだもん! ずっとあたしだけの菜々香ちゃんでいてよ! あたし、菜々香ちゃんなしじゃ生きていけないよ!」

「みんちゃんは私なんかよりずっと強いよ。私がいなくたって大丈夫。好きって言葉に束縛されてるのは、本当の好きとは言わないんだよ」

「う……うゎーん……」

 傘を投げ出して泣き崩れる永井明徒……。泣きたいのは引っぱたかれてほったかされてずぶ濡れになってる私の方なんだけど……。同じくずぶ濡れの氷堂さんにも、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。



 二人の涙、それは私が氷堂さんの本当の気持ちを知ったファーストモーメントだった……。


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