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◆14◆ ファーストクエスチョン

 隙を見せておいて、近付いたらガバッとかないでしょうね? いくらなんでも構え過ぎ? これまでのデータを元にしても、私が推測出来るような行動はしてこないはず。

 だとすると、あの机の上に置いたのも罠? やっぱりおとりなの? だって、どう考えても無防備過ぎない?

 あれこれ巡らせている間、氷堂さんはずっと窓の外を眺めていた。陽が延びているとはいえ、五時を過ぎた教室も校庭も、夕方とは思えないくらい明るい。でも、この視聴覚室の蛍光灯は、少しだけ暗く感じる。それは空気の重たさのせいなのだろうか……。

 不思議と、お互いに沈黙を保ったままだった。普段なら私が氷堂さんに見られている、だけど今は逆転している。敬遠して距離を縮められないが、向こうから距離を縮めて来ないことは今までになかったかもしれない……。沈黙が続けば続く程、頭の中が疑問でいっぱいになってくる。

 なんとなく虚ろだった氷堂さんの視線はある一点でぴたりと止まり、その先を辿ると校庭の隅には数人の生徒がしゃがんでいた。

「あー、本郷くんって園芸部だったんだね。球根か何か植えてるみたい。お花好きなのかなぁ? 楽しそう……」

「……」

 防音の設備が整った視聴覚室では、かすかに外の声が聞こえる程度なので、誰が何をしゃべっているかまでは聞き取れないが、楽しそうな生との笑い声だけは認識出来た。この複数の笑い声の中に、本郷くんがいるのだろうか。楽しく部活を満喫しているのだろうか。

 それに比べて私は……。

「見ないの? 本郷くんの笑顔、かわいいよ? 」

「う……うん」

 窓際まで行くと、ほんの少しだけ外の声が近く感じた。校庭の隅に並んだプランターの前、そこに見慣れた横顔があった。本郷くん、教室でも遠く感じるのに、ここからじゃもっと遠い存在な気がする……。

「御影さん、入学してからずっとこうやって本郷くんの横顔見てたよね」

「……うん。でも氷堂さんは、宇未ちゃんを取られて本郷くんに嫉妬してたと思ってたんでしょ」

「そうだけど、見てたのは知ってる。私も御影さんをずっと見てたから」

 いつになく真面目な口調に、思わず表情を窺った。どことなく寂しげで、曇っているようにも見える。

 視線を感じたのか、振り向いた氷堂さんは、珍しく自分から目を逸らした。……何? 何か拍子抜けするんだけど……。でも、どうしても私からは目を逸らせなかった。

「何で……そんな顔するの? 」

「御影さんには分からないよ。頭の中がお花畑な人にはね……」

「お花ば……。あのねぇ私、別に恋に焦がれてるわけじゃないのよ? 妄想でチュンチュンしてるんじゃなくて、ちゃんと一人の男の子として好きだなぁって思ってるの。二次元は二次元、三次元は三次元、百合好きだからって、ノンケじゃないとは限らないんだからね」

「……そう」

 捨て台詞のようにそう言うと、氷堂さんは机に置いた天使さんたちを私に差出し、そのまま目も合わさずに扉の方へと歩き出した。

 あんなに手こずっていたのに、あっさりと渡されたことにも違和感があったが、それ以上に、急変した氷堂さんの態度にもまた、ざわざわとした違和感を覚えた。

 出て行ってしまう、そう思うと声を掛けずにいられなくなって、やみくもに言葉を探した。

「あの……氷堂さん、また明日……」

「……お先に。明日からはもうからんだりしないから安心して。それじゃあ」

「……え? 」

「私の彼女……みんちゃんはね、すぐ嫉妬するから、もう御影さんにはからまないようにする」

「かの……」

 言葉が切れたのが先か、扉が閉まったのが先か、ガラガラという音に会話はかき消されていった。

 振り返ることもなく教室を後にした背中だけでは、氷堂さんの気持ちや状況は一つも汲み取れなかった。扉一枚で区切られた距離が、真っ二つに分断された気分だった。

 廊下から、ぱたぱたと小走りに去っていく足音が聞こえる。それと同じように、私の心の中からも、何かが小さくなっていく音が聞こえた気がした。

 何だろう、この感じ……。これじゃあまるで、私が後ろ髪引かれているみたいじゃない。ずけずけと迫られて、あんなに拒否してたはずなのに。今度は、押してダメなら引いてみろ作戦なの? 作戦……なの? でも、もう私を貶めようというオーラは微塵も感じなかった。

 返ってきた天使さんたちが、私の手からするりと落ち、何故か自分の握力が一瞬薄れたような感じがした。やっとの思いで手にしたそれを拾い上げても、自分はもう一つ何かを落としてしまっている気がしてならなかった。

 それが何かは分からない。いや、分かってしまってはいけないような気がして、考えないようにしたのかもしれない。

 氷堂さんはずっと私を見ていたと言っていた……。確かに視線を感じたり、目が合うことは多かったけど、何を監視されてたの? 観察? 私の言動が読まれてたのは、ずっと観察されてたからなの?

 でも、明日からはからまないって……どういうこと? ううん、今まで散々尋問されて困ってたんだから、からまれなくたっていいじゃない? むしろ平和に過ごせるじゃない。お宝の天使さんたちも返って来たことだし、後は私が百合好き女子だということをバラされなければ、もう何も心配することなく、恐れることなく、二次元と三次元の往復を満喫出来るじゃない。

 なのに、今度は何を心配してるの? 何を不安に感じてるの? バラされるかもしれないってこと? 違う、よく分からないけど、違うと思う。どこかバラされない確信を持てた。

 さっき本を返された瞬間、握られていた弱みみたいなものも、全部一緒に返された感じがしたから……。

「おいおい、鍵閉めてないじゃないかー。まったくあいつら……」

 いつの間にか呆けていたせいか、近付いていた廊下の足音に気付かず、低く響く女性の声で我に返った。

 先生? 戸締りの点検に来たんだ!

 私はあわてて天使さんたちをバッグに押し込み、扉に手を掛けた。

「おぉ! びっくりしたー。まだいたのかぁ。それならそうと……」

「すみません。もう帰ります」

「そうか。……あれ? 一年だね。演劇部の見学? 」

「いえ……。もう入部届けは、代理で提出されちゃったみたいで……。部員らしいです、私」

「あぁ、永井が言ってた一年二組の? お前の入部届けなら、まだ先生んとこに提出されてないがなぁ? 」

「いえ、御影です。一年三組の御影湖渡子です」

 先生は「うん?」と言いながら、一つずつ教室の窓の鍵をチェックしていった。口調は乱暴に聞こえるけど、穏やかな雰囲気の顔立ちに、少し親近感を感じる。

 誰と間違えているんだろう? 私の疑問と、先生の疑問が重なり、一通り点検を終えた先生がもう一度問いかけてきた。

「一年の……御影? 」

「はい。部長の氷堂さんと同じクラスの……」

「あーあー、そっちか! 」

 そっち……? あっちとかこっちとかいるの?

「昼休みに、志緒先輩が提出したって聞いたんですが、受け取られてないんですか? 」

「志緒? あぁ、宇佐見志緒のことか、もらったもらった。あいつ職員室に挨拶なしに入って来たり、走ったりするからさぁ、注意しまくってたら、用事が何だったのかすっ飛んじまったよ。御影湖渡子の入部届けね、うんうん、受け取った受け取った。先生はてっきり、前々から入るって聞いてた生徒かと思ったんだよ」

 そういえばガイ先輩が、もう一人声を掛けてる一年生がいるって言ってたっけ。先輩たちのことだから、きっと美少女を勧誘してるに違いない。

 先生はぶつぶつと指さし確認をし、納得がいったのか「よし!」とにっこり微笑んだ。どれが視聴覚室のなのかも分からないくらいジャラジャラとした鍵の束から、それらしき一つをつまむと、慣れた手つきで施錠をした。先生を置いてさっさと立ち去れなかった私は、満足そうに歩き出した先生の斜め後ろをついて行った。

「御影も、あいつに振り回されないように気を付けるんだぞ? 」

「あいつって……氷堂さんですか? 」

「いやいや、宇佐見志緒だよ。あいつは一年の時からあんな感じでなー。未だに先輩としての自覚がなくて困るよ。一年に部長押し付けて自分は副部長なんて、どこの部が聞いても呆れるよなぁ。面倒見はいいんだけど、かといって任せるにはちょっと頼りないし……。まぁ、あいつに任せるより、一年の氷堂の方がしっかりしてるから、今年はこれでいいかって思ってるよ」

「いい人だとは思います。憎めないっていうか……」

「そう! そうなんだよなぁ……。だからまぁ友達多いんだろうな。友達といえば、御影は氷堂とは仲いいのか? クラスではどんな感じなんだ? 」

 ちょうどさっき、気まずくなったばかりですとは言えない。それ以前に、仲いいとは言えない付き合いだけど……。

 一瞬の間が気になったのか、先生は速度を落としてこちらを向いた。このタイミングで聞いてきたのは偶然? それとも……。

「まだ入学してから日が経ってないんで、よく分かりません」

「そっか……。氷堂は氷堂で、ちょっと心配な生徒なんだよなぁ……。御影は氷堂のこと、どこまで知ってるんだ? 」

「……どこまでって、何をですか? 」

 質問を質問で返すと、先生は言いにくそうに、「うー」だの「あー」だのと、言葉を選び始めた。

 どこまでと言われても、何を示しているのかも分からないし、それが私の知っている情報なのかすらも検討がつかなかった。最も、私が知っていることなんてごくわずかで、謎の方が多い気がする。

 狭まった歩幅が完全に止まった頃、先生は人差し指を口の前に当てながら、小声で私に耳打ちをした。

「下着の話だよ……」

 し……下着ーぃ?

 そそそそれって、黒ブ……。で、でも、それが何? 別に女の子たるもの純白ブラでないと校則違反! ってことはないでしょうし……。

 あ、いや、でも私の中の校則は、純白統一でお願いします……って、そうじゃなくて!

 何? 下着が何なの? 氷堂さんの下着が何なのっ?



 き、聞きたいような、聞いてはいけないようなファーストクエスチョン……。


次話はギリギリR15かもしれません(^^;)

該当される方、抵抗のある方は、引き続き16話よりお待ちしておりますm(_ _)m

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