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◆12◆ ファーストミステイク

 氷堂さんのこんな表情、今朝も見た気がする。退屈そうっていうか、めんどくさそうっていうか。いつも見せる笑顔には、どこか掴めないところがあったけど、いかにもマイナスの方のオーラが出ている。

 この子犬……じゃなくて永井妹、ガイ先輩や私には吠えまくってたのに、氷堂さんの一言でおとなしくなったし、さっき「あたしの方が菜々香ちゃんと釣り合う」って主張してたし……。氷堂さんに矢印だったりするの?

 それなら私に敵意剥き出しなのも、納得いくかも。自分が相手役をやりたかったのに、私というつるぺたを招喚してきたことに腹を立てているんだ。おそらく「お姉ちゃんがやらないなら、あたし立候補するー」みたいなやり取りがあったんだろう。

 だとすると、兄は男の娘でゲイでバイでガイで……あ、ガイはあだ名で……紛らわしいな! えっと、ついでに「お姉ちゃん」と呼ばせてて、妹はレズ? 百合っ子?

 よく分かんないけど、これ以上驚くことはないってくらい、変わった個性の兄妹だということだけは把握した……。

「いきなり入って来るなり怒鳴ったりして、御影さんに失礼じゃない? それに、配役は演劇部みんなで決めたことだから、私情を挟むのはどうかと思うけど? 」

「菜々香ちゃんも菜々香ちゃんだよ! 何であたしとじゃ嫌なのっ? 中学入ったら、一緒にバレー部入ろうねって言ってたのに、いつの間にか演劇部にいるしさー! クラス別れちゃったんだから、せめて放課後くらい一緒にいたかったのに! 」

「あぁ……私、みんちゃんのそういう強引に束縛しようとするとこ、めんどくさいんだよねぇ……」

 みんちゃん? 永井妹と氷堂さんて同じ小学校だったんだ?

 それにしても、お互い言う言う……。

「うぅ……。菜々香ちゃんのそういうクールなとこも好きだけど、結構傷つく時もあるんだからね? みんなにはにこにこしてるくせに、何であたしにはそっけないのぉ? バレー部だってさぁ……」

「そっけない? そうかなぁ? めんどくさいだけだよ。早くバレー部戻れば? 練習あるんでしょ? 」

「やめてきたもんっ! 菜々香ちゃんが演劇部やめないって言ったから、あたしがバレー部やめてきたもん! だから演劇部入るーっ! ねー、おねーちゃーんっ! 」

 ……ものすごい執着心だなぁ。これはさすがの氷堂さんも顔に出るわけだ……。

 呆気に取られている私の目の前では、ガイ先輩と氷堂さんのため息がもれていた。

明徒(みんと)、とりあえず先に謝ろうね? お騒がせしてごめんなさいって」

「お姉ちゃんからも言ってよー。バレー部やめてきたんだから、演劇部入ってもいいでしょー? 」

「うちらに入部拒否する権限ないけどさ、入るんならちゃんとみんなと仲良く出来るって言わないと、お姉ちゃんとしても、先輩としても困るよ? ねぇ、こねこちゃん」

 心の中ではそうだそうだと相槌を打ちながらも、言葉にすると角が立ちそうで、とりあえずうなずいてみる。妹の視線が怖いし……。

 私の代わりになってくれるんなら、誰でもいいから入部すればいいよ。

「仲良くする! わがままとか言わないから入るーっ! うるさくしないから! 」

 充分やかましいけどねー。

 エサにお手付きして飼い主にお預けされた子犬が、「もう絶対しませーん」みたいな顔で鼻を鳴らしながら尻尾振ってるのを思い出した。「もう絶対しません」は、今後何回も使われること間違いない。一生のお願いが何十回と使われるのと同じ原理なのよね。

「んー……、まぁ御影さんと仲良く出来るんなら、私は歓迎なんだけど……先輩たちは? 」

「えっ、待って! 私は入らないから、ガイ先輩の妹さんだけ入れてあげてよ」

「……みんちゃん、御影さんがみんちゃんと仲良く出来ないからやめるってー」

「待って待って! 私は元々入るなんて言ってないでしょっ? 」

「御影さんの入部届けはさっき先生に提出したから、もう正式に部員でしょ? 御影さんが許してあげるなら、みんちゃんも入部届け受け取るよ。まぁ、みんちゃんの入部は、御影さんの広い懐次第ねぇ……」

「ちょ、ちょっとっ! 何その強引な取引ー! そんな部長権限、私には関係ないからねっ」

「……だって? 残念ねぇ、みんちゃん」

 やっぱり味方なんかじゃなかったー! 永井妹の主張を逆手に取って私を強引に誘うだなんてー!

 仲良くする宣言したばっかりなのに、すんごい睨んでるし、この狂犬は私と仲良くするつもりなんて全くなさそうなんですけど? 入部するもしないも勝手だけど、部活以外で出くわしたら、食い殺されそうなんですけど?

 おのれ氷堂ー! ザコボスを盾にしやがったなー! 悪魔の尻尾が見えるー!

 ここにきて、まだ一言も発言していない志緒先輩にチラリと目配せすると、私の視線に気が付いたのか「うんうん」と頷きながら腕組みをし出した。この人、絶対何も考えてなかったな? 急に振られたから分かってるフリしてるだけでしょ!

 こうなったら頼みの綱は男の姉ちゃん、ガイ先輩! ヘルプの視線を感じてくれたのか、困った顔でうなだれた。そう、悩んで! お宅のわがままレズ妹が、諦めてくれたら丸く収まる話なのよ?

「明徒、まずこねこちゃんと自己紹介し合って、お互いを知ることから始めたら? お互いを知れば仲良くなれるよ、きっと」

 こ、このお兄ちゃん何ノンキなこと言ってるのっ! 今そんな空気じゃないって分からないの? 察しなさいよー!

 ほらほら、まさに子犬みたいな名前のミントとかいう妹も、冷やかな目をしてるじゃない! お兄ちゃんのくせに分かんないのー? 

「……一年四組の、永井明徒。よろしく……。おかげこねこさん」

 え、待って? 自己紹介されたら仲良くするしかないじゃない! これで拒否ったら私が悪者になるじゃない! 特に必殺技もないし害はないのに、とりあえずいたから殺しとく? みたいなゴブリン的存在じゃないー!

 顔と名前はかわいいくせに、取り繕ってる笑顔が敵キャラにしか見えて来ないけど? 百合本で言うと、金持ちってだけで意地悪そうに見えるライバル同級生に見えるけど?

 ちなみに名前が間違いだらけなんですけど、わざとだよね? 覚えるつもりないよね? いや、覚えてるからわざと間違えるんだよね?

 ディスられてますよねー?

 くそー! 子犬のくせに子猫呼ばわりしやがって! 自分だってミントとかいう子犬みたいな名前じゃないか!

 なんとなく聖地を連想しちゃうじゃない! 「メイト」に聞き間違えちゃいそうじゃない! アニ○イトに謝りなさいよ! 素敵な百合本を取り揃えてるアニ○イトさんに謝りなさいよー!

「御影湖渡子よ! 知ってるんでしょうけど? 」

「はーん、そうなのー? 知らなかったー。あたしはてっきり、お陰様で子猫のようにかわいこぶってます、って名前なんだと思ってたー」

「は、はぁ? かわいこぶってないしっ! そっちこそ子犬みたいな名前なんだから、もっとかわいく振る舞ったらー? 」

「お姉ちゃーん! この人あたしの名前、子犬って言ったー! 」

「そっちが言い出したんでしょ! お兄ちゃんを盾にするのやめてよね! 」

「……お兄ちゃん? 」

 ……あ、しまったー……。興奮したらつい……。

 ど、どうしようっ! 男の娘って、男の子に見られるの嫌なんだよね? 知らないけど、そうだよね? お姉ちゃんって呼ばせてるくらいだもんね? マッチョな彼氏がいるくらいだもんね? ……マッチョじゃなかったっけ? と、とにかく彼氏がいるくらいだから、心は女の子ってことだよね?

 うぅ……。やかましかった子犬も、こんな時に限ってシーンとしてるし、先輩たちも、氷堂さんすら固まってる……。

 誰かフォローしてよー!

「御影さん、もしかしてガイちゃん先輩のこと、男の子と間違えてた? 」

「えっ? ち……違うの……? 」

 氷堂さんの意外な問いかけにきょとんとした私を見て、口火を切ったように志緒先輩が吹き出し、それに連鎖してみんなも吹き出し始めた。

 男の娘……じゃなかったの?

「こねこちゃーん! ガイちゃんは女の子だよぉー! 男の子だと思ってたのー? あははははっ」

「あははっ! バッカじゃない? こんなかわいいお姉ちゃんが男の子に見えてたなんて……あははははっ」

「ふふふ……。御影さんてば、本当に頭の中が同性愛で溢れてるのね」

 笑いながら口々に言い放題……。色んな意味で真っ赤になっていく私……。

 そうなの? 本物のお姉ちゃんなの? 男の娘じゃなくて、女の娘なの? ……娘? 女の子? ただの女の子?

「う……嘘……。ご、ごめんなさい! ガイ先輩、かわいいからついっ! 」

「えぇー……。やっぱり髪切らなきゃよかったかなぁ……。卒業した先輩たちにも、短くしたら男の子役やってねって言われてたんだよねー……」

「ち、違うんです! ガイ先輩……」

「御影さん……? 」

 いいわけの言葉が見つからず、あわてている私に、氷堂さんがそっと耳打ちをしてくる。ぼそぼそと何やら聞き取れなかったが、小さく指さしたその先に、伝えたかった答えを見つけた。

 指さした直線状を目で辿ると、ジャージ姿のガイ先輩には、ふっくらと二つのふくらみがあった。ほ、ほんとだっ! 私よりも立派な発育の証が……。



 顔から火が出るとは、まさにこのファーストミステイクに適切な例えなんだと思った瞬間だった……。


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