◆11◆ ファーストサポーター
みんな軽々しく考えすぎじゃない? キスってそんなに簡単なことなの?
異性とはダメだけど、同性なら誰とでもしていいものなの?
わっかんないっ!
「先輩方が私にどんなイメージを抱いているか以前に、やりたくない役を人に押し付けるのはどうかと思います! 同性だろうが異性だろうが、私だって出来ないものは出来ないですよ! 」
「えぇー? そうなのー? 」
「そうですよ! じゃあ、私は失礼しますっ! 」
つるぺただからって馬鹿にしやがってー! 悔しいような、情けないような、でも、否定できないのが現実。
くっそー!
「御影さん、さっき引き受けてくれたじゃない? 」
呆れと怒りの勢いで教室を出ようとした私に、含み笑いを浮かべた氷堂さんの言葉が刺さる。
さっきまで黙って見てたから諦めてくれたんだとばかり思っていたのに、ここにきて引き止めるの?
「氷堂さん、悪いけどこの話は無かったことにして」
「んー……。まぁいいけど、じゃあこれもいいのかなぁ? 」
氷堂さんの背中からチラつくお宝さん……そ、そうだったーっ! 私はバラさないでほしい弱みを握られていたんだった!
ここで入部を引き受けなければ、百合好き女子だとバラされ、お宝も返ってくる保証もない。かといって引き受ければキス少年役に抜擢され、氷堂さんにキスされ放題……。
これって、どっちにしたって変態扱いなんじゃないのー?
「か、考えさせて……」
「悩むことあるの? 言ったじゃない、さっきのはキスのお稽古だって」
「ちょちょちょちょっと! 何言ってるの? さっきのは氷堂さんが強引にしてきたんじゃない! 」
あたかも「合意の上でー」みたいな口ぶりに、思わず大声を出してしまった。それにも怯まず余裕の笑みを浮かべられて、改めて敵の手ごわさを思い知らされる。
「菜々ちん? さっきのって、さっきやっぱキスしてた……よねぇ? 」
「あぁ、志緒ちゃん先輩ったら覗き見してたんですかぁ? いやらしーなー」
「やらしくないよーぉ! たまたま見えただけだもん! それに、練習だったんなら、別に見てもエッチじゃないよねぇ? 」
「あーぁ、志緒ちゃん先輩にお稽古見られちゃったー。どうする? 御影さん。もう公開稽古にしちゃうー? こそこそしてるから誤解されちゃうんだもんねー。隠れてレズってるって……」
どうするも何も、私には潔白を表明する選択肢は与えられてないんだけどっ! 稽古でしたと話を合わせるしか、変態殿堂入りを免れることはできないんだから!
「なーんだ! こねこちゃんは結構ノリノリだったんじゃーん! いやぁ、安心したよ。これで菜々ちんが男子に汚されなくて済むね! 」
「志緒ちゃん先輩は大げさですよ。別に芝居の中でキスしても、汚されたとは思いませんよ?」
「えー! あたしはお芝居の中でもやだなぁ。誰とでもはしたくないー」
「私だって誰とでもは嫌ですよ? だからイメージぴったりの逸材を見つけてきたんじゃないですかぁ」
どうせ私は男の子ばりのつるぺたですよーだ!
いくらかわいい男の子役だからって、所詮男の子でしょ? 女の子ではないじゃない!
どんな役か知らないけど、女の子とチュッチュする役って聞いただけで、普通誰もが嫌がるでしょうが!
わなわなしてる私を余所に、氷堂さんが何かを閃いたように眉を上げた。
「御影さん、もしかして女の子とキス出来ない理由でもあるの? 」
「理由? い、言ってる意味が分かんないんだけど、したくない理由がある人いるの? 誰でもは嫌だって氷堂さんも言ってたじゃない。理由なんていちいち考えてないでしょ? 」
「出来ない理由と、したくない理由は違うと思うなぁ。確かに、誰とでもはしたくないけど、出来なくはないし」
「それは氷堂さんの話でしょ? 私は誰とも出来ないし、したくもないの! 」
「ふぅん……」
出た! この聞いてない感じの相槌……。
ちょっと腹立つっ!
「氷堂さんさぁ、私に恨みでもあるの? 私、氷堂さんに何かした? 」
「恨み? ないけど……。どちらかというと何かされたっていうより、何もしてくれないから、じれったくて色々聞きたくなっちゃうんだよねぇ……」
「じれったい? 私が? 聞かれたことには全部答えてるじゃない」
「そおぉ? 女の子とキス出来ない理由、応えてもらってないけどなぁ。例えば……女の子に興味があって、意識しちゃうとか、キスしたら好きになっちゃいそうとか、そういう理由でもあるの? 」
「あ……あるわけ……」
な、何で先輩たちってば興味深々にしてるの? 何でお目々キラキラさせてるの?
おかしいよね? 何を聞き出そうとしてるの? 何を期待してるの?
私には何もやましいことなんてないじゃない! 無い胸を張ってきっぱり言ってやるのよ湖渡子っ!
胸を張って、女の子が好きだとか、レズだとかユリっ子だとかでもない! とっ!
大きく息を吸って……。
「私は……」
「おねーちゃーんっ! 待っててって言ったのにぃ、どうして待っててくれなかったのーっ! 」
断言を遮る甲高い怒鳴り声と、勢いよく開かれた扉の方へ一同の目がいく。
かき消された続きと、私の存在……。
視線の先には、わなわなしている私をも上回る、怒りの握り拳を構えた女の子がいた。
「お姉ちゃんっ! 部活行くなら待っててって言ったじゃんか! 置いてかないでよ! 」
あまりの勢いのよさに、今までそれぞれの表情をしていた先輩たちも凍り付いていた。
そして私も、注目の外れたこの空気に飲み込まれそうになっていく……。
氷堂さんはというと、やれやれといった感じでため息をついている……。氷堂さんの関係者なの? お姉ちゃん? 妹なの?
ん? 一年生なのに妹がいるわけないよね。垂れ目でもないし、全然似てないし、どちらかというとくりくりお目々だし……。
でも、このくりくりお目々は、どこかで見たことがある。誰かに似てるような……?
じゃあ志緒先輩の妹? 妹キャラな志緒先輩に妹がいるって、ちょっと意外な気もするけど、パワー溢れる妹に愛されてるお姉ちゃんなら想像もつくかな……。
「あー、この子がお姉ちゃんたちの言ってた三組の子? 確か……おかげさん? とか何とか」
思いっ切りこっち睨んでるけど、おかげさんって私のこと? 間違えて呼ばれてる気がしないのは、その言い方にトゲが含まれていたからなのは、言うまでもない……。
じっくりと定めるような目付きをされ、一通り眺めて胸元に視線を感じた。
「はーん! そういうことー? お姉ちゃんたちがあたしじゃダメだって理由……。お姉ちゃんたちも菜々香ちゃんも、この幼女体型が目的だったんだー? まぁそりゃナイスバディなあたしが男の子役ってのは、違和感あるかもしれないけどさぁ……。でもでも、あたしの方がかわいくない? どう見てもあたしの方が菜々香ちゃんと釣り合うでしょっ? 」
マシンガンが暴発したように、止めどなく繰り出される暴言の数々……。私ですか? 指を刺されながら暴言を吐かれている相手は私ですか?
何なのーっ!
「失礼だからやめなさい! 」
「お姉ちゃんのバーカ! お姉ちゃんも菜々香ちゃんも、ペチャパイ好きだったのね! 女の子になんか生まれなきゃよかったー! 帰ったらママに文句言わなきゃねー? 何であたしをナイスバディの女の子に産んだのよって! 」
「こらっ」
「うるさい! 元はと言えばお姉ちゃんが悪いんだからねっ! 」
標的にされている私が、一番付いていけてないんですけど……。姉妹喧嘩に巻き込まれてるの? それとも私が悪いの?
噛みつかんばかりにキンキンと甲高い怒鳴り声が、私の心と教室に響く。いつも思うけど、うるさいって言うやつほど一番うるさいという説は正しい。
え? あれ? 見間違い? 聞き間違い?
お姉ちゃんと呼ばれてるのは、志緒先輩じゃなくて、ガイ先輩なんだけどっ!
た、確かに見比べてみると、二重でくりくりなお目々はガイ先輩にそっくり……。
いやいや、ちょっと待って?
「お、お姉ちゃんって……」
異様な光景に思わずもれたのは、上ずった声だったと思う……。だって、違うでしょ?
お兄ちゃんじゃないの? それとも……そういうプレイなの? 男の娘って妹にお姉ちゃんと呼ばせるプレイするの?
謎すぎる男の娘、恐るべしっ!
「ごめん、妹が失礼なことばっかり言って……。一年四組の永井、知ってた? 」
「い……もうと?ほんと……ですか? 」
「え? うん。似てるってよく言われるけど、似てない? 」
そうじゃなくてー!
私が聞きたいのは、血の繋がり云々じゃなくて、実のお兄ちゃんが妹に、お姉ちゃんと呼ばせている事実ですっ!
威嚇しまくってるこの仕付けのなってない子犬みたいな妹に、お姉ちゃんと呼ばせる仕付けはしているんですかっ?
「……みんな、ちょっと落ち着きません? 」
大混乱の頭をすり抜けて行ったのは、氷堂さんの呆れた声だった。
その一言に、さっきまで噛みつきそうだった子犬……じゃなくて、永井妹が押し黙る。すごい、あれだけキンキン響いていた教室が静まり返った。
開口一番に闘志むき出しな妹、それにお姉ちゃんと呼ばせている兄。何考えてるか分からない氷堂さんだけど、この人たちに比べたら、いくらかましな人間に見える……。
面倒事に巻き込んできたけど、もしかして、この状況から掬ってくれるのも氷堂さんだったりする?
もしかして、ファーストサポーターだったりする?




