カコ
息を整える。ここは風間の部屋。今はもう居ない筈の風間。俺を優しく受け止めてくれた風間。
以前ここに来たときは風間に強く当たってしまった。思い返してみればあの時の事をちゃんと謝っていない。結局何も言えぬまま、風間は帰らぬ人となってしまった。
コンコン
少し戸惑いながらも俺はドアをノックした。
…ガチャ
ドアが開くとそこには花澤の姿。Tシャツにショートパンツの風呂上がり姿だ。
「思ってたよりも早く来たなぁ。ほな入って入って!」
「うす。」
俺は招かれるままに風間の部屋に足を踏み入れた。そこには以前と全く変わらない光景が広がっていた。きちんと揃えられた革靴にピカピカの廊下。リビングのガラス机の上にはワインボトル。花澤は全く手をつけていないらしい。
俺はソファに浅く腰掛け、右斜め前に座る花澤と目を合わせた。
「それで?何かあったん?」
花澤は自ら口を開いた。俺は目線を落とさないようにしっかりと目を見る。
「俺、つくし先輩に謝らないといけない事があるっす。」
「…なに?別にそんなもんないやろ。」
花澤は少し表情を柔らかくしてそう言った。しかし俺にはわかる。花澤の目は全く笑っていない。以前の花澤はこんな目をする人ではなかった。
そう、彼女も勿論わかっているのだ。俺の間違いが。
「…俺、間違ってました。つくし先輩を失うのが恐くて…。自分の事しか考えて無かったんです。だから俺はあんな事を…」
「………うちは別に後悔はしてへんよ。だってナツキはハルカちゃんの弟やから。うちがここに残る理由それだけで充分や。」
「…じゃあもし俺が姉さんの弟じゃなかったら、つくし先輩はここに残ってましたか?」
「……うん。残ったと…思う。」
「その言い方だと肯定とは言えないっす。」
「……。」
花澤は黙ってしまう。その表情は固く、目線も下を向いている。言葉とは裏腹に、花澤の態度もそれを物語っていた。
「…つくし先輩はちゃんと風間さんの死と向き合う必要があると思ったんす。確かに最初は俺の事を理由に残ればいいと思いました。…でもやっぱりそれじゃダメっすよ。」
「…向き合うってなに?」
「なんて言ったらいいんでしょうか…その…乗り越えるっていうか……」
浅はか。薄っぺらい言葉。自分から言っておいて計画性の無さが露呈している。自分なら何とかなるのではないかと勝手に期待していた。だが花澤の目はそんな言葉が通用するようなものでは無かった。
「…うちと風間隊長はホンマもんの兄妹とちゃうけどな、幼少の頃から施設でずっと一緒やったんや。うちは施設の為にこのチームに入った兄ちゃんを追いかけて来たんや。兄ちゃんはそんなうちをずっと……」
花澤の目から大粒の涙が溢れ始める。
知らなかった。花澤と風間にそんな過去があったなんて…。それなのに俺は変に疑って、ヤキモチを焼いて…。馬鹿だ。
「…乗り越えろ言うたな?…それは無理や。兄ちゃんはうちの大切な家族なんや。兄ちゃんが居らん世界なんて……」
俺が思っていたよりもずっと事態は深刻だった。花澤にとって風間がどれ程大きな存在だったか俺はわかっていなかった。
「兄ちゃんはっ…うちに……生きてほしいって……。でも、ナツキにどう言われようと、あなたを守るの事はハルカちゃんとの約束やから。だからうちは…ここから居なくなる事はせんよ。」
涙を必死に堪えて花澤は言葉を続けた。
「えっ…?今何て?」
「ナツキを守るのはハルカちゃんとの約束や言うたねん。」
初耳だ。そんなこと今まで教えてくれなかったじゃないか。どういうことだ?姉さんは俺がここに来る事をわかっていたのか?いや、でも姉さんは望んでないって風間も言っていたし…
目をキョロキョロと動かしながら落ち着かない様子の俺を見て、花澤は再び口を開いた。
「ハルカちゃんは全部わかってたみたいやね。自分が死んだらナツキが来るって。うちもほんまにナツキが来るまでは信じられなかったんやけど…。」
「で、でもっ…何で姉さんは俺をこんな危険な戦いに……?」
「ごめんな…。それはうちも最後まで教えてもらえなかったんや。ハルカちゃんの目的、何で戦ってたのかはハッキリはわからんねん。只うちは、弟が来たときには頼むって…それだけ。」
「…そうっすか。」
沈む。姉の意志、姉の言動、一体姉さんは何を思っていたのだろうか。何故戦いに身を落としたのだろうか。




