ネライ
そこはこの施設には似つかわしくないような薄暗い場所だった。空調は効いている筈だがどこかジメジメとした湿気を感じる。目の前には鉄の扉が左右に2つずつ。そこには小さなガラスの小窓が付いている。施設にある他の扉とは違い、明らかに重量感がある。
俺はガラスの小窓を一つずつ覗いて回る。
そこにはテレビで見たことがあるような鉄格子。その中には粗悪なベッドで眠る月島と竜胆の姿があった。
「ほならうちが美咲ちゃんに夕食渡すわ。ナツキは竜胆君に渡してやり。」
花澤は背伸びをして小窓を覗きながら俺にそう言った。
…やっぱりそうなりますよね。
竜胆と会いたくないがそうもいかない。あいつだって代表なのだ。食事をしなければ筋力が下がる。次の戦闘に響くまで追い込む必要はない。
そう自分に言い聞かせて無理矢理納得させる。そう考えなければ体が動かない。
俺は花澤とアイコンタクトを取ると、竜胆が眠る右奥の独房の扉を開けた。
竜胆は扉が開く音に目を覚ました。
俺は鉄格子を挟んで久し振りに竜胆と目を合わせた。
「よう。誰かと思えばお前かよ。…出してくれる訳じゃなさそうだな。」
竜胆は俺が手に持っている食事を見ながら残念そうに言った。
「ああ。俺が食事の係を頼まれたんだよ。やりたくないけど断る訳にもいかないからな。」
「…そうかよ。そりゃ悲惨だな。御愁傷様。」
もう憎まれ口にいちいち反応するつもりもない。兎に角今は早くこの場を離れたい。俺は鉄格子の左側にある小さな隙間に夕食のトレーを入れる。すると竜胆は黙ってそれを受け取った。
「それじゃあな。明日の朝にまた来るから。」
俺はそう言うと、竜胆に背を向けて歩き始める。
「おい、鳥海!!」
呼び止められた。意外だ。いつもの竜胆ならそのまま黙って見送ると思うのだが…。
俺は振り返り、返事をせずに竜胆を見た。
「…あの女はどうしてた?あいつも独房に入ってんだろ?」
竜胆は珍しく目をキョロキョロと動かしながら俺に質問をする。まるで申し訳なさそうな、そんな風に見える。
「…月島先輩のことか?確かに独房に入ってるけど、まだ会ってないからどうしてるかはわかんないよ。」
「そ、そうか…。ならいい。」
竜胆はため息を吐くと、小さな声で答えた。
こいつは何を考えているのだろうか。何故あんなことをしておいてこんなに悲しそうな顔をしている?竜胆の態度に理解が追い付かない。俺はついに黙っている事が出来なかった。
「…なんであんなことしたんだよ?わかってただろ?あんなことしたら月島先輩が黙ってないって。」
「…わかってんよ。だからそうしたんだよ。」
「…は?」
意味がわからない。本当にこいつは何を言ってるんだ?
俺の不思議そうな顔に竜胆はニヤリと笑った。
「わざとだよ、わざと。俺は月島美咲と戦いたかったんだ。世界との差が知りたかったんだよ。普通に手合わせを頼んだんじゃ受けてくれないからな、あいつ。」
「…世界?どういうことだ?」
「お前は本当に何も知らねぇんだな!!月島のランクを知らねぇのか?」
「いや、だって他人のランクを知ることは出来ないし…。」
「普通ならな。でもあいつは別だ。ちゃんと資料室で見なかったのか?」
俺は黙り込む。
「現在世界で認定されてるSランク以上の人間は5名だけ。それもトップ5の国にそれぞれ一人ずつ在籍してんだよ。」
「…ってことは4位の日本にも居るってことか?」
「ああ。しかもそのSランカーたちの名前だけは資料室で確認出来るようになってんだ。それがSSランクの月島美咲ってことだ。」
息を飲む。世界に5人しか居ないSランク、それが月島だと言う。今まで同じ小隊でトレーニングをしてきたメンバーなのだ。
「ま、そーいうことだ。結果は見ての通りだったけどな。まだまだトレーニングが足りねぇ。俺は自力を付けなきゃいけねぇんだ。」
竜胆はそう言うと、トレーの上のパンに手を伸ばした。
竜胆の意外な一面を見た気がする。もっとこいつは怠惰で無気力な奴だと思っていたから。




