チョウハツ
夫婦喧嘩の原因は俺なのだが、もう既にその域を超えた喧嘩に発展している。普段の食器洗いがどうとか、トイレの使い方がどうとか…。
このまま見ていても仕方がない。
俺は他小隊のミーティングの様子を眺める事にした。
すると第一小隊の竜胆が花怜に絡んでいるのがちょうど目についた。
「だから!ちょっとは声出せんだろ?出してみろよ?」
花怜は必死に首を横に振る。確かに出そうと思えば出るかもしれない。しかしそれは声と言うよりかは雑音に近い音になるのは違いない。年頃の女の子にそんな事を強要するのはあまり良い趣味とはいえない。
「竜胆、止めろ。花怜ちゃん困ってんだろーが!!」
松本は珍しく声を上げて竜胆を叱ったが、当の本人は全く謝るそぶりを見せない。それどころか松本を無視してさらに花怜に詰め寄る。
「いや、ダメだろこいつ。大体声も出せないスナイパーがなんで俺たち第一に配属な訳?あり得ないだろ。」
その言葉に、ついに黙ってそれを見過ごしていた飯倉が立ち上がった。殺気がこっちにまでビリビリと伝わる。
「てめぇ、それ以上……」
だがその時、竜胆は急に背後を振り向く。残念ながら飯倉の殺気は虚しく往なされてしまった。
竜胆の視線の先には月島美咲。
月島は無表情のまま竜胆に向かって歩き始める。
「美咲ちゃん、あかんて!!我慢して、ね?ちょっと…ほんまに……あかんて!!」
必死に止めようとする花澤は月島に引き摺られている。月島は…怒っているのか?俺にはいつもの無表情にしか見えないのだが。
「はっ!!てめぇの妹なんだろ?俺が声の出し方を教えてやろうと思ったんだよ。なんだよ、やろうってのか?あ?」
煽る煽る。竜胆は月島を睨み付けながらそう言った。
だがその視線を遮るように花怜が間に割って入った。花怜は月島を宥めるように笑顔を見せて首を横に振った。心配させないように見せた笑顔なのだろうが、それが逆に月島の怒りを煽った。
月島は花怜を優しく退かすと、そのまま竜胆の前に立った。
「あ?文句あんのか?お前は別の小隊だろーが。過保護も過ぎると只のバカ姉だな。」
月島は黙ったまま何も言わないがその目は殺気で満ち溢れているのが俺にはわかる。珍しい。こんなに感情的になる月島を見たことは無い。
「おい、何とか言ってみろよ?それとも姉妹揃って話せないのか?」
竜胆の挑発は止まらない。
あまりに度が過ぎる発言に、俺は違和感を感じていた。
こいつは何がしたい?こうなるのは目に見えていただろう。なのに何故それを止めようとはしない?
「こいよ。俺が戦いを教えてやるよ。」
竜胆は拳を構え、月島に手招きしている。
流石に誰が止めた方がいいのではなかろうか…?
だが俺の思いに反して、周囲のメンバーは既に誰も止めようとはしなかった。あの表情は諦めの表情だ。どうやらもう止めることは出来ないらしい。
どっちが勝つんだ?
俺は月島の戦いを実際に見たことはない。それに比べて竜胆は前回の戦いで驚異的な強さを見せていた。
月島は竜胆に向かって音も無く一歩前に出た。
なんの警戒も無く攻撃範囲に入ってきた月島に竜胆は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに右拳を前に突き出した。
…いや、違う。右手はフェイント、本命は死角からの左ミドルキックか?
月島は竜胆の右拳を身を落として避けると、自らの右肘を頭の横に構えた。
「ダメだ!!蹴るな、竜胆!!」
いきなり会議室に響く大きな声。声の主は帯市だった。
すると竜胆の左足は月島の肘の直前で止まった。
会議室はざわつき始める。
月島はクルリと竜胆に背を見せると、そのまま花怜の頭を撫でてから第二小隊の席に戻った。
竜胆はその場で立ち尽くしている。
…俺にだってわかる。もしあのまま竜胆が月島を蹴っていたら、確実に竜胆の足は無事では無かっただろう。下手したら折れている。
この勝負、竜胆の負けだ。




