チノニオイ
早いし速い。走り出したのも、走る速さも風間は俺よりも早かった。
俺は風間の15メートル程後ろを走っている。
風間はいつもの柔らかい物腰とは明らかに違う。それは怒り、不安、悲しみ?どれにも取れる感情のように見えた。
いくら声をかけても返事は無い。風間はただひたすらに花澤の元へと走っている。
走り続けることおよそ2分。既に風間の姿は見えないが、確かこの付近で花澤と別れた気がする。
俺は花澤の姿を探し始めるが、敵が近くに居るかもしれないのだ。そうそう声は上げられない。
どこだ?
俺の額には汗が滲む。その時だった。
「きさまらぁぁ!!」
聞いたこともないような大きな声が辺りに響いた。それはまるで猛獣の威嚇。俺の体はビクッと動いた。
何があった!?
俺は急ぎ声の方向へ向かった。木々を掻き分け、足早に進むと少し開けた場所に出た。そこには憤怒の表情で刀を構える風間と、奥に仰向けで倒れる花澤と敵らしき男の姿。…血の臭いがする。
「風間さん!!」
俺が声をかけても返事が無い。まさかこの血の臭いは花澤の…?
「ナツキ!!」
俺を呼ぶ懐かしい声。実際は懐かしいという程時間は経っていなかったのだが、俺にはそれが何十時間にも思えたんだ。だから懐かしい。
「つくし先輩!!無事だったんすね!?」
「うん…。ありがとぉ…本当に…もうダメかと…」
初めて俺に見せた花澤の涙。月明かりに反射してキラキラと光っている。どれ程怖い思いをしたのだろうか…。許せる筈がない。
俺は刀を抜いて歩き始めたが、風間は手を出してそれを止めた。
「いい。俺が殺す。お前はつくしを頼む。敵はもう一人居るはずだ…。さっさと行け。」
その風間の表情に俺は思わず息を飲んだ。完全にキレてる。
「わかりました。」
俺の返事と同時に風間は木陰から現れたもう一人の敵と戦闘を開始する。どうやら自陣フラッグ地点でも風間と戦っていた相手のようだ。
先程は苦戦していた相手だった筈だが…。風間はそれを全く感じさせない戦いを繰り広げる。いつもは慎重な風間が珍しく前へ前へと攻めの姿勢を見せている。敵が振る剣は全て先読みされている。圧倒的…。気付いた時には敵は追い込まれていた。
風間の目が闇夜の中で不気味に光る。
俺は花澤の元へと駆け寄り、その身体をゆっくりと起こした。
「大丈夫っすか?」
「うん。平気や…っ!イタタ…」
「いや、ダメじゃないっすか…。」
花澤の腰からは再び血が滲んでいる。傷口が開きかけているのだ。
「不味いっすね…応援呼びますか。」
俺は花澤を抱き抱えると、すぐにその場から離れた。そして無線を手に取る。
使うのは初めてだ。えっと…確か日向団長のチャネルは…
俺が操作を迷っていると、花澤は俺の無線機を取り上げた。俺は思わず声を漏らす。
「あっ…」
『こちら第二小隊副隊長花澤より日向団長へ。戦闘発生により至急応援願います。場所はフラッグより北に500。あと、うちの傷口開いてもーた。』
『日向より花澤へ。了解した。今、花怜と帯市を向かわせた。少し待っていろ。』
『すんませんねえ。』
『攻撃隊も今最後の攻めを行っている。もう間もなく終わる筈だ。既に敵に戦意はない。』
『…安心したわ。とりあえず、痛いからはよ来て。』
『もう暫くの辛抱だ。頑張れ。』
花澤は無線を切ると、俺の手にそれを返した。俺は初めての無線が出来なくて少し残念だった。だがまあ、今はそんなこといいか。
「…元気そうで何よりっす。」
「…まあ、元気では無いけど…。助かったわ、ナツキ。」
花澤は安堵の表情を浮かべていた。その姿に俺も力が抜けた。本当によかった。これで戦闘は終わるだろう。
だがその時だった。
パァーン……
空気を切り裂くような発砲音。
時が止まる。




