キョウキ
里穂は鋭い眼光で敵を睨む。その異様なプレッシャーに敵は一歩後ろに下がった。既に中国チームの残り人数は少ない筈だ。これが最後のチャンスになるだろう。
「没问题、没有退路。」
敵は初めて声を発した。何を言っているかわからないが、その表情からは覚悟を感じる。
そして敵は二人同時に里穂に向けて走り始めた。
里穂は腰に差していた刀を抜いた。里穂の体のサイズに丁度合うであろう長さ40センチ程の刀だ。
敵は里穂を左右から挟み込むように展開し、それぞれ剣を突き出した。だが里穂は動かない。それどころか俯いて震えているように見える。
俺はその姿に思わず声が出そうになった。
だが剣が里穂に届く直前、朝霧が両手の手甲で左右の剣を受け止めた。里穂はまだ俯いたまま動かない。
「さあ、始めようか。」
玄太郎の言葉で里穂は顔を上げ、口を開いた。
「ふっ…ふふふ…。もう殺してもいいのね?じゃあ行くからね…。殺すからねっ!!」
里穂は目を見開いて狂喜の笑顔を見せる。まるで人を殺すのを待ち望んでいたようだ……。
その瞬間、朝霧は左側の敵に体当りを仕掛ける。敵は少しよろけたが何とか持ちこたえ、剣を再び構える。
里穂は右側の男と目を合わせて止まっている。男は首もとから自らのドックタグを取り出し、口を開いた。
「这是一种荣誉。」
里穂は瞳孔を開いたままニヤッと笑った。敵の言葉の意味がわかっているのだろうか?
そして互いは同時に動き出した。
男は地を這うように低い位置から剣を振り上げた。身体の小さな里穂に対しては有効な攻撃であると言える。しかも攻撃を繰り出すまでのモーションもかなり早い。
だが里穂は目を見開いたまま体を捻り、簡単にそれを避ける。
「あはっ。あなた、強くて好きよ。今まで戦った人の中でも上の方よ。……でもね、だから殺すの。あたしが直接殺すの。光栄に思いなさい?」
里穂はブツブツと奇妙な言葉を発しながらその男の懐まで近付く。男はすぐに後ろに下がるが、里穂は懐から離れようとしない。これでは剣を振ることは出来ない。
里穂は敵の右を通り過ぎながら腹部を切りつける。しかし血は出ない。里穂はグルリと後ろを振り向き、首を傾げる。
「あれぇ?何で内臓出ないの?ねぇ、ねぇ、ねぇ。何かお腹に仕込んでるの?そんなに死にたくないの?私に殺されたくないの?」
里穂は再び敵に向かって歩き始めた。
や、ヤバイ人だ。怖いというレベルではない。この人は…狂ってる。頭のネジ飛んでるとしか思えない。
敵は里穂に向かって走り始め、剣を縦に振り出した。しかし里穂はそれを再びいとも簡単に避ける。敵は更に片手で剣を振るうが里穂には全く当たらない。里穂はケタケタと笑いながら剣の攻撃範囲ギリギリの距離を保ち続けている。
掠りもしない攻撃に敵は痺れを切らしてきたようで、段々と剣の振りが大きくなってきている。
里穂はそれを待っていたかのように、攻撃の隙を突いて再びそいつの懐に入った。
腹部への攻撃は無駄な筈なのに何故その選択をするんだろうか?俺には里穂の行動が理解できなかった。
敵は先程の二の舞は踏むまいと、左足で前蹴りを放った。意外な事に、里穂はその攻撃を簡単に食らうと、宙を舞った。しかし里穂は倒れること無く、見事に着地してみせた。
「ぁぁあ!!」
と同時に敵の悲痛な叫びが俺の耳に入ってくる。
振り向くと里穂を蹴ったそいつの足には小さなナイフが深々と刺さっている。
「これで動けなくなったね?さっ、何処に刀、刺そうか?どこかなぁ…?ねえ、あなたはどこがいい?」
里穂は首を左右に傾げながらトコトコと歩みを進める。
敵はついにその姿に恐怖する。いや、むしろ今まで良く耐えたと思う。俺ならとっくに逃げているだそう。そいつは刺さったナイフを手早く抜くと、里穂に背を向けて足を引き摺りながら逃げ始めた。だがすぐに転んでしまう。良く見るとそこには木と木の間に張られたワイヤートラップ。どうやらそれに引っ掛かって転んだらしい。
里穂は瞬きをせずに更に近づいていく。
「ふふふっ…。あたし、罠の位置は全部覚えてるの。だからね、貴方が今このトラップに引っ掛かるのはちゃんとわかってたのよ?凄いでしょ?」
里穂はそう言いいながら倒れる敵に近付き、先程のナイフの傷口に刀を差し込んだ。
「ぎゃぁぁぁあ!!」
凄まじい叫び声。
「ぁぁ…ダメ。やっぱり殺したい。殺したい。殺したい。」
里穂はブツブツと呟きながらザクザクと何度も刀を突き立てる。その度に男はのたうち回りながら叫び声を上げる。
グロい?いや、惨い。これが人間のやることだろうか?まるで悪魔だ。いや、外見的に言ったら小悪魔だろうか?……小悪魔ってレベルでもないか…。
目の前の光景に俺は現実逃避を始める。正直これ以上見ていたく無い。
「…もう飽きちゃった。じゃ、お休みなさい。」
里穂は急につまらなそうな表情をすると、そう言って刀を振り上げた。
だがその時、里穂の振り上げられた刀は朝霧によって止められる。
「里穂、これ以上はいい。彼はもう戦えない。」
俺はふと振り返ると、先程まで朝霧が戦っていた敵は既に気を失って倒れている。
「でも…。殺さなきゃ…。だって…殺さなきゃ……みんな…」
「もう終わりだ、里穂。戻ってこい。」
朝霧が里穂の小さな体を包み込むように抱きしめると、里穂はフッと力が抜けたように落ち着きを取り戻した。そして小さく返事をする。
「……うん。」




