エイユウ
堅い表情で仁王立ちする朝霧の姿はまるで鬼のように見えた。顔のシワは深く溝を刻み、その雰囲気をより一層際立たせている。
朝霧は両手に肘近くまで包まれる程大きな鉄製の手甲を装備し、背中には1メートルはありそうな大きな鉈を提げている。
朝霧は瞑っていた目を開くと、静かに口を開いた。
「…風間か。よく戻ったな。」
「すみません、遅くなりました。状況はどうです?」
「うむ…。1人は仕止めたのだがな。どうやら敵はトラップを解除しながら進んできたらしい。しかも先程から攻撃してきてはすぐ離れての繰り返しでな。特に暗くなってからその間隔が短くなってきている。今までの中国の戦い方ではないな。」
「トラップを解除しているんですか!?」
風間は顎に手を当てて眉間にシワを寄せる。
「これはあくまで推測だがな、奴らは俺たち第三小隊の防御を破る為に訓練された専門の兵なのではなかろうか?」
「…それにしては慎重過ぎませんか?防御を破る事に特化させているんでしたら、私たちのような応援部隊が来る前に攻めきるのが定石では?」
「いや、奴らはそれを承知で動いている。あくまで里穂に仕事をさせない事が目的なのだろう。そして日が落ちた今、そろそろ敵は本格的に動き始める筈だ。」
「…なるほど。」
俺には二人が何を言っているのかさっぱりわからない。俺にも解るように説明して欲しかったが、とてもそれを求められるような雰囲気でも無い。なにせこの二人はハードボイルド属性だ。
風間はさらに続けて質問をする。
「それで私たちはどうすれば?」
「風間と鳥海にはこのフラッグを任せたい。」
「…朝霧さんはどうするんです?」
「俺は前に出る。」
朝霧の言葉を聞くと、風間は目を見開いて息を飲んだ。
「…わかりました。ここは任せてください。」
「うむ。」
朝霧は静かに頷くと、ゆっくりと前方に歩き始めた。
「…あの人、やっぱり強いんすか?オーラ半端ないっすけど。」
俺は無知を武器に風間へ質問をする。風間の反応からして只者では無いことはわかったが、俺が知りたいのはその先だ。
「実は私も朝霧さんの戦いをこの目で見たことは無いんだ。本部に戻ってくることなんてそうそう無いからね。」
「じゃあ実際強いかどうかはわかんないっすね。ランクもわからないですし。」
「…いや、彼らは生きる伝説だよ。ランクなんて関係ないさ。」
「…ん?意味がわかんないっす。」
「ナツキ、ソキウスの内戦を知っているか?」
風間の唐突な質問に俺は少し困惑するが、俺は素直に答える。
「えっと…確かアフリカのソキウスで起きてる部族間の戦争でしたね。今もまだ続いてるんでしたっけ?…でも何で今そんなことを?」
「まぁ聞けって。…ではそのソキウスで英雄と呼ばれていた一人の日本人の存在は知っているかな?」
「…そりゃまぁ…。聞いたことはありますよ?有名な作り話ですよね?ガキの頃によくネットで噂になってましたよ。レジスタンスとして、たった一人で百数人の武装集団から村を守り抜いたとか、小さな女の子を守る為に一人で一週間戦い続けたとか…」
俺は自分で話をしながらある可能性が頭に浮かんだ。だがすぐにそれを否定する。
「…いやいやいやまさか。そんな訳ない、あり得ない。そんな人間居るわけがない。あれは作り話ですよね?」
俺はバカにしたように笑った。いくらなんでもそんな都市伝説を信じる程俺は非常識じゃない。
「…まあ、実際その話はかなり大袈裟な部分もあると思うがな…。只しその日本人が実在するのは事実だ。」
風間の真剣な表情に俺は息を飲む。この人は嘘を言うような人間ではない。まさか本当にあの人は…?
俺はゆっくりと目線を前に戻す。暗闇の先に微かに朝霧の姿が見える。距離は30メートルぐらいだろうか?
その時だった。辺りに超音波のような甲高い音が響き渡る。例えるならば水族館のイルカショーで飼育員が鳴らす笛の音。風間はその音を聞くと、声をあげた。
「来るぞ。警戒しろ。」
風間は刀を抜いて辺りを警戒し始める。
俺は息を吐いて心を落ち着かせた。




