トラップコード
もう既に花澤の姿は見えない。
見えなくなると途端に不安になる。思い返せば戦闘が始まってからずっと一緒に居たのだ。俺にとって彼女の存在がどれだけ励みになっていただろうか。
「ナツキ、そろそろ本部が近い筈だ。気を付けろ。」
「了解っす。」
俺は刀を鞘から出した。
風間は走りながら無線のチャネルを切り替える。
『こちら第二小隊隊長風間より第三小隊へ。間もなく北側より本部に到着する。トラップコードを教えてくれ。』
『第三小隊朝霧より第二小隊へ。トラップコードはNプラス20、フィールドセーフティの間隔は5メートルだ。そちらからならすんなり入れるはずだ。応援を感謝する。』
『了解。合流します。』
風間は無線を切ると、進行方向を変えた。
「…トラップコードってなんすか?」
「聞いてなかったのか!?最終ミーティングの時に確認してただろ?」
「…す、すみません。」
確かにそんな話を朝霧がしていたような気がする。だがどうやら緊張のあまり俺の頭からはすっかり抜けてしまったようだ。
「トラップコードとは第三小隊が張っている罠の抜け道の事だ。毎回第三小隊は自陣フラッグ周辺に大量のイージートラップを張っているんだ。味方の私たちがそれに引っ掛かって負傷しないように、トラップコードというものを設定しているという訳だ。」
「なるほど。知らなかったっす。」
「…ナツキ、君はもう少し集中力を養う必要があるね。戦いが終わったら反省会だ。」
風間はそう言ってからニコニコと笑って俺を見る。いや、笑ってないな…睨んでるな、これは。
すると風間は突然立ち止まり、辺りを見回し始める。そして俺に手でサインを送り始める。
“ここからはお喋りは禁止だ。”
“了解”
“索敵をしろ。”
風間のサインを見てから俺は辺りを見回す。辺りに人影はない。攻撃を受けていると聞いていたが…?それにしては静か過ぎる。
“敵影なし”
違和感を覚えながらも俺は風間にサインを送った。すると風間は地図とコンパスを広げてその場に座り込み、動かなくなる。微かに残る日の光を頼りにトラップコードを確認しているようだ。そして数秒後、風間は手早く地図とコンパスをしまう。
“いくぞ。離れるなよ。”
風間と俺は足音をさせないように慎重に進み始めた。
本部まではあと100メートルぐらいだろうか。辺りはさらに暗くなり、もう殆ど見えない。この周辺に罠が仕掛けられていると考えると…ゾッとする。俺は風間の後ろにピッタリと張り付いて進んだ。
すると段々と見覚えのある地形になってきた。自陣フラッグは近い。
だがその時だった。目の前を進む風間は急に立ち止まり、肩に取り付けられた6本あるナイフの一つを抜いた。俺は辺りを警戒していたせいで止まりきれず、風間の背中に鼻をぶつけた。
…痛い。声を出せないので心の中で呟く。
…一体何をしているんだ?俺は再び辺りを見回す。だが周辺は見渡す限り闇。ほぼ何も見えない。
しかし風間がナイフを顔の前に構えた瞬間、目の前に小さな影が現れる。
その小さな影は手に持ったナイフで風間に攻撃を始める。俺は慌てて刀を構えるが何をどうしていいものかわからない。
風間は流れるように連続して振られるナイフを見事な手捌きで弾いていく。するとその小さな影は突然歓喜の声を上げた。
「あははっ!!強い強い!なかなか手応えあるねぇ!!」
日本語?俺は耳を疑った。
「里穂さん、私です。風間ですよ!!」
風間の声を聞くと、その小さな影はピタッと止まった。
「…なんだ。つまんないの。」
俺は良く目を凝らす。するとそこには朝霧里穂の姿があった。その大きな目は暗闇の中で不気味に赤く光り、黒茶色の迷彩服には血がベットリと付着しているように見える。
里穂はがっかりした様子でナイフをしまった。
「…すみませんね。玄太郎さんはどちらに?」
風間の質問に里穂は黙って奥を指を指すと、無言のまま再び暗闇の中に消えていった。
どうやらこのチームには変わった人が多いらしい。敵味方確認する前に攻撃するなんて信じられない。間違って殺したらどうするつもりなんだ?
「仕方ないさ。この暗さなんだ。敵味方確認している余裕なんて無いだろう。それに里穂さんは本気で俺を殺しに来ては無かったよ。」
どうやらまた表情に出ていたらしい。風間に見透かされてしまった。この癖早めに直さないとその内ドジを踏みそうだ。
俺たちは更に奥へと足を進めると、ついに自陣フラッグが見えてくる。
ようやく戻ってきたのだ。ここまでとても長い時間がかかったように思える。
そこには腕を組んで立つ朝霧の姿があった。




