ヤキモチ
闇が深まる。
太陽の光が届かない場所は目を凝らさないとよく見えない。
俺は風間の前を走りながら警戒を強める。
いつどこから敵が現れるかわからない。それは先程までの経験で良くわかっている。もう同じ失敗をするつもりは無い。
谷を抜けてあとは本部まで500メートル程だ。俺は後ろを振り返る。
「風間さん、大丈夫ですか?」
軽いとは言え、人一人を背負って走っているのだ。疲労感は俺の倍以上溜まっているだろう。
風間は顔から汗を滴ながら走り続けている。顎から落ちた汗の雫は足元に広がる暗闇の中に消えていく。
「…少し止まってもいいかい?…はぁ…はぁ…もうすぐ要警戒エリアだ。」
少し苦しそうに言った風間の言葉を聞いて、俺は足を止めた。
続けて風間は息を整えながら話始める。
「本部が攻撃を受けているんだ。ここら辺からは敵と会う可能性がグッと上がる。俺たちはまず第三小隊と合流しなくてはいけない。ナツキ、怪我の具合はどうだ?」
「大丈夫っす。どの傷もほぼ塞がってます。」
「!無理させるのは悪いがつくしを背負えるか?」
「はい。大丈夫っす!」
大丈夫だ。あと500メートルぐらい背負って走れる。俺だってこの一年間地獄のような研修をこなしてきたんだ。自信はある。
「…一人で歩けるわ。」
突然、消え入りそうな程の小さな声が聞こえる。
「兄ちゃん、降ろして。歩けるから。」
花澤は意識を取り戻していた。
「つくし。気が付いたか。調子はどうだ?」
風間は背中の花澤に向かって言った。どうやら花澤の言うとおり降ろすつもりは無いらしい。
「うーん…。多分、大丈夫や。血、止まっとるみたいやし。歩けるか確かめたいから、はよ降ろして。」
「一度降ろすが、そのままナツキに背負わす。まだ治療は終わっていないんだ。無理をしたらいけない。わかったな、つくし。」
花澤はコクりと頷く。風間はそれを確認すると、ゆっくりと花澤を地面に降ろした。
花澤はフラフラとよろけるが、何とか堪えて静止する。
「…うん。大丈夫や。やっぱり歩けるわ。流石景虎やなぁ。応急処置は完璧や。」
花澤はそう言って一人で歩き出した。花澤はまだ安井の死を知らない。…今は教えない方がいいだろう。
「…ダメっすよ。つくし先輩、早く俺の背中に乗ってください。」
俺は体勢を低くして後ろを見る。だが俺の意思に反して花澤はプイとそっぽを向く。
「イヤヤ。乗らん!!」
「隊長命令っす。命令違反はダメっすよ。」
先程の自分の事は棚に上げて花澤に忠告する。俺はそういう人間だ。花澤は知らないのだから別にいいだろ?
「なんやそれ。…本部が攻撃受けとるんやろ?だったら二人で応援に行った方がええわ。うちはここに残るわ。」
「聞いていたのか…?だがそうはいかない。お前を一人になど出来ない。まだ治療は終わっていないと言っただろ?それに、敵が来たらどうするつもりだ!!」
風間は首を横に振りながら口調を荒げる。
「大丈夫や。そこら辺に隠れとるから。そう簡単には見つからんて。それに、だいぶ調子ええねん。平気やて。」
花澤は口を尖らせながら答える。煽ってるな、この人。
その時だった。全員の無線が突然鳴った。
『こちら日向より第二小隊へ。現在位置を教えてくれ。』
「ほらねっ。…はよ行ってあげなあかんて。な?隊長。」
風間は辛そうな表情を見せる。無線を持つその手は震えているのがわかる。風間は少しの沈黙の後、覚悟を決めたように無線のボタンを押した。
『風間より日向団長へ。現在、本部の500メートル北を進行中だ。』
『了解。そのまま本部の応援には行けそうか?第三小隊がかなり疲弊しているんだ。俺たちも今本部へ向かっている。』
『……こちらもすぐに向かいます。』
『了解。風間さん、頼みますね。』
風間は無線を切ると頭を抱える。まるで自分の選択を後悔しているように見える。そんなに花澤をここに残していく事が辛いのだろうか?確かにリスクは大きいが…花澤が先ほど自ら言った通り見つからない可能性の方が圧倒的に高いではないか。
すると花澤はゆっくりと風間に近づき、ぎゅっと抱きついた。
「…大丈夫や、兄ちゃん。うちは死なんよ。」
「つくし…お前…。」
俺はその光景を目の当たりにして、なんとも言えない感情が沸き上がる。なんだこの胃がムカムカとする感覚は?
「…敵の気配がしたらすぐに無線で呼べ。わかったな?」
「はいはい。わかりました。」
花澤は風間の胸に顔を押し付けると、パッと離れる。
完全に蚊帳の外な俺。
「ナツキ、隊長のことよろしく頼むわ。」
花澤はそんな俺の心情など知るよしもなく、追い討ちをかける。
「…はい。」
全くやる気の無い返事。
すると花澤は何かを察したらしく、フラフラと歩きながら俺に近づいてくる。
そして少し背伸びをしながら俺の頭を撫でた。
「なんやぁ?もしかしてヤキモチか?しゃーないな。」
花澤はニヤニヤしながら俺を見ている。
「は?別にヤキモチなんてしてねーし!!」
わかりやすいリアクショクをする。中学生か、俺は。
昔からこういうのに耐性ないんだ。ダメだ…恥ずかしくて死にそうだ。俺は花澤から目をそらしながらパチパチと瞬きをする。
「ふふっ。そっかそっか、ならええわ。」
花澤は優しく微笑むと俺の手をギュッと握った。
「気をつけてな。ナツキ、死んだらあかんよ?」
「…大丈夫っす。頑張ります。」
「ほなら、はよ行って!!第三小隊が待っとるわ。」
俺は花澤に背中を押される。だがその力はいつもよりも弱々しい。俺はグッと唇を噛み締めて気合いを入れる。
「行くぞ、ナツキ。」
「はい!!」
風間の声に俺は力強く返事をする。やる気出たよ。やっぱりあの人の影響は大きい。
走り出してからすぐに後ろを振り返ると、花澤はヒラヒラと手を振って見送っている。その姿はどこか寂しげな雰囲気を醸し出しているように見えた。
早く終わらせて迎えに来よう。
俺は決意を固めて足を動かし続ける。




