カゲトラ
溢れ出る血が心臓の鼓動に合わせて吹き出る。
とっさに防御した安井の右手は地面に転がっている。
「がっ……ぁぁ…。ごふっ……」
安井の右肩から入った剣は胸付近まで進み、そこで止まっている。
血だらけの男は剣を引き抜き、そして笑った。
それは雪だった。先程の右肩の銃創からは未だに血は流れているのがわかる。
「そ、そんな……そんな!!景虎さん!!」
恐らく肺まで達しているであろうその傷。既に助かるというレベルではない。
だが安井は倒れること無く、雄叫びを上げた。
「ぉぉおお!!!」
血を吐きながら安井は残った左手で刀を振った。
しかし、その攻撃が雪に届く前に刀は弾き飛ばされる。安井の刀は回転しながら弧を描き、地面に刺さって止まった。
雪は笑ったまま安井の首に向けて剣を振り始める。
俺は足がすくんで動けない。
その瞬間、安井は何かを悟ったようにフッと口元を緩めた。
と同時に安井と雪の間に黒い影が割って入った。
その黒い影は雪の剣を弾き軌道を変えた。そしてそのまま雪の巨体を蹴り飛ばした。
雪は足の傷のせいか、簡単に倒れる。黒い影はそのまま雪に追い討ちをかけようと、距離を詰めた。雪は倒れたまま剣を振るい、必死に影を威嚇する。
安井はその姿を確認すると、力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
俺はすぐに安井の元へ向かう。
「げっほ…。ヒュー、ヒュー。」
呼吸の度に安井の胸元から風抜き音が聞こえる。
「…全くよぉ……、お…遅せぇ……んだよ……あの……ば……う…」
「景虎さん!しっかりしてください!」
言葉が途切れ途切れで上手く聞き取れない。安井の目は既に虚ろだ。俺は医療道具を取りに向かおうと膝に力を入れた。だが安井は俺の腕を掴んでそれを止めた。
「お…れの……誇り………隊長に……」
段々と安井の体から力が抜けていく。
安井は最後の力を振り絞り、首に下げた青色のドックタグを取った。そして震える手で俺にそれを渡す。
「さ…いご………まで…つい……て……す…せ……」
「……景虎さん?景虎さん!!」
安井の目は空を見つめたまま動かなくなる。
俺は心臓マッサージをしようと安井の体に手を置いた。だが胸元まで切られたその傷を見てそれを止めた。
青く、蒼く。高くまで透き通った空。積み上げられた雲は太陽にかかり、影を落とす。先程から聞き馴染みの無い鳥のさえずりが俺の耳の中に入ってくる。
喪失感。虚脱感。
目の前で仲間が死んだ。助ける事も出来ずに死んだ。
俺は…何も出来ない。無力だ……。
「ぁぁぁぁぁあ!!!」
叫び、地面を叩く。
悲しい、悔しい、辛い。
何故こんなことをしなくてはいけないんだ。何故人が死ななくてはいけないんだ。俺は…何のために戦っているんだ…。
感情が溢れる。目の前には既に亡骸となった安井と重傷の花澤。
涙が流れる。止まること無く流れ続ける。
「ナツキ。」
俺を呼ぶ声が聞こえる。
俺はゆっくりと声の方向を向いた。
そこには風間の姿があった。その左腕からは血が滲んでいるのがわかる。
「…風間さん、風間さん……。景虎さんが……つくし先輩がっ………ぅう……」
風間は俺をギュッと抱き締める。
「…よく頑張ったな。」
俺は風間の胸の中で泣き続ける。
風間は俺の頭を撫でると、ゆっくりと立ち上がり、花澤の傍らに座った。花澤の腰部分の正確な治療痕を見ると、風間は安心したような表情を見せた。
そして再び立ち上がると、今度は安井の亡骸の傍らに座り、話始めた。
「景虎、ありがとう。お前の医療の腕はやっぱり凄いな。お前のお陰でつくしは大丈夫だ。……ゆっくり休め。」
風間は開いたままの安井の目を手で閉じた。
そして無線を取る。
『こちら第二小隊隊長風間より日向団長へ。第一小隊安井の死亡を確認。その敵とは現在月島が交戦中です。指示を待ちます。』
『こちら日向より第二小隊風間隊長へ。現在、本部が襲撃を受けているとの報告を確認している。第二小隊、動けるのは何名いる?』
『現在、動けるのは風間、月島の二名のみです。』
『了解。敵を撃破後、月島はそのまま敵フラッグへと前進。風間隊長は負傷者を連れて本部へ戻ってくれ。以上。』
『了解です。』
風間は無線を切ると、ため息をついた。
俺はその無線を聞いて、思い出したように雪の姿を探した。
そこには両膝を付き、月島に頭を針で突き刺されて痙攣する雪の姿があった。
「えっ…?死んでる…?」
相手は負傷しているとはいえ、あのAAランクの雪だ。そう簡単に殺せるとは思えない。一体月島は何をしたというんだ?
月島は雪の頭から針を抜くと、こちらに向かって歩き出した。雪は大きな音を立てて地面に倒れる。
「隊長…。終わった。次…どうする…?」
「美咲はこのまま前進だ。いけるか?」
「うん…わかた。」
月島は無表情のまま頷くと、仰向けに横たわる花澤の頭を撫でた。
「つくしちゃん…生きてるね。…よかた。」
そして安井の亡骸に頭を下げる。
「景虎……。ありがとね……。」
「……いてくるね。」
月島はそう言い残すと、木々の闇に消えていった。




