テイサイ
その男は不機嫌そうに振り反る。
「あ?何か用?」
俺はその威圧感に押されそうになったが、何とか耐える。だが困ったことに、いざ引き留めたはいいが何を言おうとしたのかわからない。今更首席を祝うのは嫌みに聞こえるかもしれない。だからといって妬んでもカッコ悪い。
「…お前は、代表に入ってどうするんだ?なんでこの研修に参加しようと思ったんだ?」
俺の喉から出た言葉は意図していたものとは違っていた。俺は少し焦る。昔からそうだった。いつも姉の影に隠れていた俺はコミュニケーション能力がそんなに高くないらしい。男は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに口を開いた。
「てか…。お前、誰?」
帰って来た言葉は、予想外のものだった。まさか次席の俺を知らないのか?いや、そんな訳はない。なぜなら、ついさっき修了式でお互いの名前は呼ばれている。何より一年間一緒に研修をしてきた間柄だ。まさかの不意討ちに俺の焦りは更に加速する。
「ああ、すまない。俺は鳥海ナツキ。今度から一緒に戦う事になる者だ。」
あくまでクールに、落ち着いた返答が出来たと思う。俺は鳥海ハルカの弟だ。こんなところで焦って終わる男じゃない。俺の人任せな自尊心は誰よりも高いらしい。
「ああ…。居たね、そんなやつ。…じゃあ、まあ、俺は竜胆龍太。で?なんだっけ?」
いちいち名前を言わなくても知ってる。お前と違って俺はちゃんと人の名前は覚えられる。こんなやつが首席なのか改めて疑問に思う。
「いや、何で代表に入ろうと思ったのか聞いたんだけど。」
内心は隠しながら、少し呆れたように俺は同じ質問をする。外堀から埋めていく作戦だ。
「…何が言いたい?」
再三に渡る竜胆の挑発的な発言に、俺の表情が少し強ばる。何の意図もなかった俺の発言が思わぬ方向に進展してしまった。
「人に話すような理由はないし、あったとしてとお前には教える意味はない。…まあ、強いて言うなら、俺はお前とは違う。お前みたいに何の意味もなくここに来てはいない。それだけわかってりゃいい。無駄な質問はもうするな。」
何が竜胆の勘に障ったかはわからないが、こいつは明らかに俺を見下している。
何もわかってないと、誰もわかってないと、最初から逃げている。それは俺も同じだ。でもだからって俺の誇りを汚されるのは我慢は出来ない。
「意味ならある!!」
考えている内に反論が出ていた。俺は竜胆を睨む。すると二人を遠くから見ていた他の研修生たちはざわつき始め、ついに今まで黙って見ていた教官が席を立った。
しかしその怒号が二人に飛ぶことはなかった。
「待て待て、待てや。」
聞き覚えのある広島弁が、俺と竜胆の間に割って入る。
「感情的になったらあかん!何があったかは知らんが、ほれ、仲直りじゃ。握手せえ。」
この男の名は藤代冬馬。総合成績3位の実力者だ。特に射撃の成績は堂々の一位であり、即戦力として期待されているらしい。いつも表情が緩く、糸のように細い目は見えているのかわからない。
藤代は満面の笑みで俺と竜胆の手を取った。だが竜胆はその手をすぐさま振り払い、藤代を高圧的な目で威嚇する。しかし、藤代は全く位に返さない。竜胆は小さく舌打ちをすると、頭を掻きながら部屋を後にした。
「ナツキ君、珍しいなぁ。君が感情的になるなんて。ま、人間じゃからそれは仕方の無いがのー。」
藤代は俺の手を離すと、顔を覗いてくる。確かに竜胆の態度に俺も冷静さを欠いていた。やつが去った後で反省をする。俺は全然クールでなかったと。
「迷惑かけた。もう大丈夫だから。」
俺は藤代の目を見ることの無いまま、足早に部屋を出た。流石に自分のコミュニケーション能力の低さに嫌気が差した。ベッドで仰向けになり天井を見る。これからあいつらと一緒に戦っていけるのか不安で仕方なかった。
研修は修了はしたものの、成績上位3名の監禁生活は変わらなかった。他の研修生はそれぞれ防衛省の抱える裏機関に配属され、続々とここを出ていく。現役代表20人の内、誰かが死亡もしくは辞退しない限り俺はここを出られないらしい。それまでは施設内を自由に動くことが出来るが、外出は禁止されている。俺は久々の自由時間に胸を踊らせていた。だが、その期待はすぐに裏切られることとなる。