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この壊れた世界でナニヲオモフ  作者: 政吉
第一章 “仮初めの平和“
39/209

イジ

手が震えて上手く照準が定まらない。足を引きずっている雪はこちらに見向きもしない。今頭を撃ち抜けばそれで終わる。


俺の脳は“引き金を引け“と指令を出す。


だがその指令に反して俺の指は動かない。


人を撃つということ。人を殺すということ。その人の人生を終わらせるということ。無に帰すということ。


俺にそんな権限があるのか?


体がガタガタと震える。もちろん今まで俺は人を殺した事はない。


花澤は?姉さんは?果たしてその経験はあるのだろうか?


人の意見が欲しかった。

少しでも気持ちが楽になるから。責任転嫁できるから。俺だけが悪くないと思えるから。


クズだ。…俺は何を考えている?こんな時に考える事か?


撃たなきゃ花澤が死ぬ。撃たなくても貫かれた脇腹の状態を見ればわかる。どちらにせよ、このままでは確実に花澤は死ぬ。


いいのか?それでいいのか?


ダメだ。


俺の大切な人。もう一人の姉さん。心の拠り所。無くしたくない人。


引け、引け、引け!!


ここでようやく俺の指はようやく動いた。


パァーン


キーンと耳鳴りが残る程の大きな音と共に右手に反動を感じる。


銃弾はどこにいった?当たったのか?


その音に反応して雪はこちらを振り向く。


そしてニヤっと笑い、進行方向をこちらに変えた。


外した…のか?


確かに俺の射撃の成績は良くは無かったが、このたった10メートルの距離を当てられない程悪くもない。


どうやらこの手の震えがそうさせたらしい。


その時だった。雪の後方で膝を付いていた花澤が音を立てて倒れた。


やはり腹を刺されて無事な訳がない。既に限界を超えていたのだ。


ダメだ。死んじゃダメだ。嫌だ。姉さん、俺をオイテイカナイデ…


俺は立ち上がり、花澤の元へ走り出した。目の前に敵が居るとか、そんな事はもう頭の中には無かった。痺れている足が縺れてすぐに転ぶ。傷口に泥が付着し、赤黒く変色するがそれもどうでも良い。すぐに立ち上がり、再び走り始める。


虚ろな目で走る俺に向かって雪は剣を振り上げた。


しかし、その剣が俺に当たることは無かった。雪は握っていた剣をポロリと落とすと、そのまま自身も地面に倒れる。


雪の右肩には銃弾が貫通した痕が見える。そこからは夥しい量の血が流れていた。どうやら俺の銃弾は当たっていたらしい。そしてそのまま雪はピクリとも動かなくなった。



俺はそれを横目に走り抜け、花澤の元に辿り着く。そして、うつ伏せに倒れる花澤の体を起こし、仰向けにさせる。


「先輩、先輩!!つくし先輩!!」


「……ナツキ…?…うち……なんか……ちょっち寒いわ……。」


寒い訳が無い。ここは首我名島、茹だるような暑さで俺の服は既に汗と血で湿っている。

俺は花澤の腰に結んである上着を取り、傷口を確認した。そこには先程まで戦えていたのが不思議なぐらいの大きな傷があった。ドクドクと流れる血は未だに止まっていない。


「止血…してないじゃないですか…。」


「…実は間に合わんかったんや…。嘘ついてごめんな…ナツキ。」


花澤の目に力は無く、体も少し冷たい。いつもの元気な姿からは想像出来ない程の弱り様だ。


俺のせいだ。俺があの時気付いていれば…


後悔の念に囚われそうになるが、今はそれを押し殺す。花澤の治療が先だ。


俺は患部を圧迫し、止血を試みる。その激痛に花澤の表情が歪んだ。



その時、前方から何かが動く音が聞こえる。


第一小隊か?


俺は息を殺しながらその方向を見た。

そしてじっと草木の間を見つめる。


ガサガサ…ガサガサ……


だがそこから表れたのは5人の見知らぬ男だった。胸には中国の赤い国旗が入っているのがわかる。


俺の銃声が呼び寄せたのかもしれない。


今になって気付いた。見通しの悪いこのフィールドでは味方を見つけるのも至難の業だ。そこであんなに大きな音を上げたのだ。気付かれない訳が無い。


敵の一人と目が合う。


動けない俺を見つけた男たちはこちらに向かって走り出した。


「……はよ、逃げや…。うちが…何とかするから…。」


花澤はそう言って体を強引に動かそうとする。俺は花澤をギュッと抱きしめてそれを止めた。


「つくし先輩、大丈夫っす。俺がちゃんと側に居ますんで。…大丈夫っす。」


「ダメや…、ダメや…。あかんて…ナツキは死んだらあかん…。あんたにはまだ…」


花澤は力なく俺の背中を叩いた。でもごめんなさい。


そんなことされても俺はここを離れるつもりは無いよ。


覚悟を決めた。


俺は死ねない。自分の目的もあるし、まだ十分に生きていない。確かに死にたくはない。


だがそれでもこの人を残して逃げるのはもっと出来ない。


既に敵は目前だ。


俺は花澤を胸に抱えて目を瞑る。


その時…


「随分ダサいことやってんじゃねーか!!」


聞き覚えのある声が聞こえる。俺の嫌いな声だ。


目を開ける。そこには見覚えのある後ろ姿。


「よう、鳥海。仕方ねえから手、貸してやるよ。」


そこには敵の剣を受け止める竜胆と松本の姿。


「景虎、すぐに治療に入れ!花澤が相当ヤバイ!」


後ろから飯倉の声が聞こえる。


「どけ、見せてみろ。」


安井は花澤の様子を見ると、少し焦りながら俺を退かした。そして背中に背負っていた大きなリュックから医療道具をズラリと並べる。


「ナツキ君、すまないが手伝ってくれるか?緊急で輸血が必要だ。準備を任せたい。」


研修である程度の医療知識はある。俺は急いで輸血の準備を始めた。安井は花澤の傷口に赤黒い消毒液をドボドボとかける。そしてメスとカンシを構える。


「…景虎、何やってるん?ま、麻酔は?」


「ダメだ、血圧が下がっちまうから使えない。我慢しろ。」


「嘘や、嘘や!!ちょっ……まっ……っう!?」


その頃前方では飯倉と松本、竜胆の三人が5人を相手に奮闘していた。


「出来ました!輸血、始めます。」


「ああ、やってくれ。」


安井は既に花澤の傷口を切開し、止血を始めていた。俺は花澤の腕に針を刺すと、動かないようにテープで止めた。


花澤は既に気を失っている。


俺は目線を上げる。


戦闘はどうなっている?


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