シトウ
「先輩、そのドックタグの色…」
「…こんなの何の意味も無いわ。只の飾り。相手と向き合ったらそんなん関係ない。死ぬか、殺すかだけや。」
花澤は俺に背を向けながら言った。
「いくで、雪。出し惜しみは無しや。」
花澤は雪に向かってナイフを構えた。すると雪はニヤリと笑った。まるでこの戦いを楽しみにしていたかのように見える。
「战斗在认真、蜂鳥!!」
「……相変わらず何言っとるかわからんわ。」
…わかってなかったのかよ。
俺のツッコミは置いておくとして、二人の緊張感がこちらにまで伝わってくる。互いに一歩も動かない。
その時だった。遠くで発砲音が聞こえた。俺は思わずその方向を見た。後ろからだ。
ふいに風間の事を思い出す。本当に無事なのだろうか。
…待てよ?もし風間が負けたなら敵の小隊はこちらに追撃してくるのではなかろうか?
それが無いと言うことは、まさか敵はそのままフラッグに向かったのか?
いや、それはあり得ない。そうなれば今の発砲音の説明がつかない。
まさか…まだ戦っているのか?あれから数十分は経っている。5人を相手にそれが出来るとは到底思えない。考えれば考える程混乱する。
俺はハッと我に帰り、顔を前に戻した。今はそんな事を考えている場合じゃなかった。
花澤と雪の激しい睨み合いはまだ続いていた。
時間を稼ぐという意味では正解かもしれないが、案の定花澤の顔色はみるみる悪くなっていく。
ここでようやく花澤が一歩足を前に踏み出した。すると雪も吊られるように一歩前に出る。
その直後、互いに走り始める。
雪が花澤に対して選んだ攻撃は両手持ちの凪ぎ払い。花澤の腰の傷を意識しているに違いない。俺との戦闘中には殆ど見せなかった攻撃だ。
だが花澤はそれでも足を止めなかった。
剣が届く直前で体を大きく沈め、その攻撃を避けた。既にそこは雪の懐だ。
見ている俺の拳に力が入る。
花澤は上に飛び上がりながら右手のナイフで雪の首を狙った。
だが予想に反して雪はそのまま体を回転させ、二回目の凪ぎ払いを撃たんとする。
僅かに雪の攻撃の方が早い。無防備な花澤に向かって雪の斬撃が近づく。
次の瞬間、俺は目を疑った。
花澤は残っていた左手のナイフでその斬撃を受けると、体の重心を上手く移動させ、雪の剣を中心にクルリと回った。
花澤は着地すると同時に、また雪の懐に潜り込んだ。身長が2メートル程の雪にとって、身長150センチしかない花澤が自分の足元に入ることは、戦い辛い事この上ないだろう。
花澤はそのまま雪の右太もも付近にナイフを突き立てた。雪の傷口はみるみる赤く染まっていく。
だが雪はそんな事お構い無しに血に染まる足で花澤を蹴り飛ばした。体の小さな花澤は2メートルは吹っ飛んだ。
人間ってあんなに飛ぶものなのか…?
俺は改めて雪の力に恐怖する。常人の域を超えている。
花澤はすぐに立ち上がったが、脇腹を押さえて苦しそうな表情をしている。その顔色は明らかに血の気がなく、青白い。
「はぁ…、はぁ…、」
花澤の息遣いが聞こえてくる。
花澤は膝をつく。脇腹からはポタポタと血が再び流れ始める。
一方雪も足に負った傷が深いらしく、右足を引きずっている。
辛うじて動けるようになっていた俺は救護キットから再び止血剤を取り出そうと腰辺りを探った。その時、手に何かが当たる。
これは…銃だ。
すっかり忘れていた。もしもの時、これを使えと風間は言っていた。すぐに腰のホルスターからハンドガンを取り出す。銃弾は一発のみ。俺はセーフティを外すと、雪に向かってそれを構えた。




