シセンノサキ
雪は一歩、二歩と後ろに下がる。腕から滴り落ちる血が刀を伝って地面へと落ちている。
俺は何をした?
自分ではハッキリ覚えていない。只、姉が俺を呼ぶ声だけが記憶に残っている。不思議な感覚だ。思い返せば、まるで相手が次にする行動が頭の中に勝手に入ってきたようだ。
俺は自分の手を見る。手の甲には雪に切られた傷跡。それ以外には何も変わったことはない。
「…该死!该死!!」
雪は叫びながら腕に刺さったナイフを抜いた。その怒り狂った表情は俺の背筋を凍らせた。完全にキレている。
ドス、ドス、ドス
雪の一歩一歩の足音がよく聞こえる。こちらに向かって走ってくるのだ。
俺は恐怖心を抑えて目を瞑り、深呼吸する。
さっきの違和感の正体が知りたい。今なら出来るかもしれない。
目を開けるとそこには剣を振りかざす雪の姿があった。
見える。
俺はさらに目を見開いてその動きを見る。腕の動き、体の重心、手首の返し、全部が良く見える。
俺はそれに反応して体を動かす。すると雪の剣は空を切った。
次は…横振りか?
俺は態勢を落として続けて振られる剣を避けた。
あとはそれの繰り返し。力任せの剣筋ほど読みやすいものはない。次々と振られる剣を俺は避け続けた。
しばらくすると、雪の動きが止まった。そして急に笑い始める。
「或明年预知的未来?滑稽。」
何言ってるかわかんないです。
少し余裕が出来たので、俺は小さなツッコミを入れる。いけるかもしれない。俺の小さな期待は段々と大きくなる。
雪は息を大きく吐く。まるで自分の感情を抑え込んでいるように見える。
その時だった。
木々の隙間を縫うように吹き抜ける風。追い風だったそれは急に向かい風へと変わる。容赦なく俺の体に吹き付け、心地好い涼しさと共に重苦しいプレッシャーを連れてきた。
「……不要得意忘形?」
雪の怒りに満ちていた顔はそこには見る影も無く、無表情になっていた。その不気味な変化に俺は一歩後ろに下がる。
いや、今の俺ならいける。見えるのだから。
雪はゆっくりとこちらに歩き始める。俺は刀を構えながらその動き一つ一つを観察する。すると雪は俺の3メートル程前で急に立ち止まった。
「………ぶぇっ!?」
何が起きた?俺の体は地面に倒れる。
確かに動き出す瞬間は見えていたのだ。だが…剣筋が明らかにさっきよりも速い。俺は刀でそれを受け止める事しか出来なかった。
何が変わったんだ?
雪を見ると、先程まで片手持ちだった剣が両手持ちに変わっている。雪は再び剣を大きく振りかぶった。
体が動かない。防御した時の衝撃で手足が痺れている。
動け、動け!!
無情にも手足はピクリとも動かない。地面に這いつくばったまま俺は雪の姿を見る。
死にたくない。死にたくない。俺は死ねない。死ねないんだ。こんな所で…何も知れず、誰も救えず。
「嫌だぁぁぁぁ!!!」
俺の目から涙が溢れる。今まで誰にも見せたことがないような叫び。
見苦しい?いや、これが人間だよ。死ぬ間際なんて、こんなものさ。
刃が俺の顔に向かってゆっくり進んでくるのが見える。俺は反射的に目を閉じた。
先程は聞こえた姉の声はもう聞こえない。どうやら終わるらしい。俺の全部が…。
先程まで余裕ぶっていた自分が恥ずかしい。今の俺が戦える程、甘い相手では無かっただろう。それは自分でも良くわかってたはずなのに…。
こんなところで何やってんだろう…俺?
ガキンッ
目の前で金属と金属が当たる音が聞こえる。
何の音だ?
剣はまだ俺の元に届かない。死ぬ前のスローモーションってやつか?
俺はゆっくりと目を開けた。
「よう頑張ったなあ、ナツキ。おかげさんで止血、終わったわ。」
その小さな体の女は両手のナイフで剣を止めていた。
「重たいわっ!!」
そして器用に剣を横に反らした。
そして花澤は地面に刺さった雪の剣を足場にして空中に舞うと、そのまま前方に一回転しながらナイフを雪の顔に向けた。
雪は後ろに下がり回避するが、その肩からは血が滲む。
「…蜂鳥!!」
あの大男の両手持ちの剣をこんなに小さな花澤が受け止められた事にまず俺は驚いた。
そしてあの身のこなし。あんなメチャクチャな動き見たことない。何者なんだ?この人は?
「なんやナツキ、顔グシャグシャやないの。かわいそうに。後で頭撫でてあげるわ。」
俺はとっさに涙を服で拭った。
「…べ、別に何でも無いっす。…それより、本当に大丈夫なんすか?」
「わからんなあ。止血剤塗って血は辛うじて止まっとるけど、多分動いたらまたすぐ出るやろなあ。それにちょっと貧血でフラフラするわ。」
花澤は上着を腰に結んで止血している。下に着ていたのはゴーヤちゃんぷのTシャツ。ゴーヤちゃんぷは血に染まり、何とも言えない不気味なデザインと化している。
いや、ダメだろそれ。色んな意味で。
俺は無意識に呆れ顔になっていた。
「まあ、第一小隊もこっち向かって来とるやろし、あと少し時間稼げばええんやろ?」
「…それが先輩に出来るんすか?俺でもダメだったのに。」
「ま、やるだけやってみるわ。」
そう言って雪に向かって歩き始めた花澤の首元には赤色のドックタグが光っていた。




