カイセン
異様な雰囲気が漂う。
ここは日本チームのフラッグ地点。森の中でも少し拓けた場所にそれはあった。高さ10メートル程の旗。その旗の下には押しボタンが見える。
「相手チームのこれを押せば勝ちってことっすね?」
俺は初めて見るフラッグを眺めながら言った。
「そやで。間違っても日本チームのボタンは押したらあかんよ?」
「いや、流石に押しませんて。」
そんなヤツ居るものか。しかし、冗談にしては真剣な花澤の眼差しが少し気になる。
「前に一度つくしは間違えて押しそうになったことがあるからな。」
風間は珍しく笑いを堪えてそう言った。
「なっ!?言わんでええよ!!」
俺は驚愕する。何がどうなったらそうなるのか…。にわかには信じがたい。
「前にも言ったと思うがな、つくしは極度の方向音痴なんだ。以前戦闘中に小隊がバラバラになったことがあってな、その時つくしは迷子になってフラッグを見間違えたんだ。直前の所で朝霧さんに止められたらしいけどね。」
「そ、それは……その…」
花澤らしいと言ったら花澤らしいが…。もしそのボタンを誰に止められる事なく押してしまったとしたら…?俺は考えただけで身の毛がよだつ。
その時、日向がフラッグ前で声を上げた。
「みんな、戦闘開始まで10分を切った。最終確認だ。まず、俺の居る本部の無線チャンネルの確認だ。各隊長は俺に無線を飛ばしてくれ。」
風間は無線のスイッチを切り替えてマイクに向かって話す。
「よし、確認完了だ。何かあれば逐一俺に報告するのを忘れるな。俺からの返信がない場合は第三小隊の朝霧さんに報告だ。わかったな?」
「はいっ!!」
俺は力強く返事をする。
「よし、各隊手筈通りに頼む。そんじゃ行きますかね。」
日向がそう言うと、チーム内の空気が変わった。先程までふざけていた第一小隊のメンバーは途端に静まり返る。竜胆は不適な笑みを浮かべながら森の奥を見つめている。
横を見ると花澤は屈伸運動を、月島は空を眺めてボーッとしている。
俺は自分の手足を見る。震えている。心臓が痛くなってきた。今までに感じたこともないような緊張。
その時、風間は俺の肩に手を置く。
「大丈夫だ。皆が君を守ってくれる。」
「…大丈夫っす。俺だって戦いますよ。むしろ俺が皆さんを守ります。」
「そうか、それは頼もしい。期待しているよ。」
風間は俺の背中をポンと叩いた。手の震えが止まる。
まるでそれに呼応するようにフラッグ付近から音が鳴り始める。
“ピッ ピッ ピッ ピッ …“
「覚悟は決めた?ナツキ、行くで!!」
花澤はそう言ってニヤっと笑った。そして月島の目の色が変わる。
“ピッ ピッ ピッ ピッ ピーーーーstart”
その瞬間、全員が一斉に動き出す。
第一小隊は松本と飯倉を先頭に走り去って言った。凄い速さだ。もう姿が見えなくなりそうだ。
「ナツキ、余所見している場合では無いぞ!」
風間の声を聞いて目線を前に戻す。第二小隊の先頭は花澤。俺たちの10メートル程先を先行している。
例の谷の入口までは約500メートル程だ。3分もあれば着く。
自分の息遣いを感じる。走りながら俺は何も考えられない。只、足を動かす事だけに集中している。ペースが速すぎるのだ。
鉛のように重い自分の足。いつものトレーニングで走っている距離に比べれば大したこともない筈なのに…。こんなスピードに付いていける訳がない。
300メートルぐらい走った所で俺の息があがる。それでも止まるわけにはいかない。俺は必死に走り続ける。
「…美咲、頼めるか?」
風間は突然隣を走る月島にそう言った。月島は黙って頷くと、スピードを上げて花澤に追い付いた。そして花澤に何かを伝えると、そのまま追い越して先に走って行った。
花澤はスピードを落とし、俺と風間に合流した。
「なんやナツキ、バテたんか?まあ、初めてやからしゃーないわ。ゆっくり行くで!」
花澤はそう言ってニコッと笑った。
情けない。俺は一度立ち止まり、息を整える。
「ゼェ…ゼェ…ゼェ…。スミマセン…。」
「肩の力を抜くんだ。いつも通りでいい。」
風間はそう言うと俺の背中を優しく擦った。俺は大きく息を吐くと再び走り出した。
谷が見えてきた。思ったよりも小さな渓谷。中心には小さな川が流れていた。
「さあ、ここからが本番だ。」
俺たち三人は川沿を進み始める。




