バカンス
戦闘開始前日。
俺たちは首我名島の隣島である宮里島に降り立った。人口僅か80人の島である。ほとんどの島民は高齢化が進んでいるらしく、出歩いている人間は少ない。
「うわっ、ここら辺の島って観光島じゃないんすか?寂れてますね。」
俺は島を見渡しながら声をあげた。
「観光島なんてのは一つだけさ。殆どの島は無人島か、ここみたいな過疎化の進んだ島しかない。」
蒸し暑い風に表情を歪ませながら風間は答える。
確かに暑い。沖縄本土も暑かったが、ここはもっと暑い。湿度が高いのか、体がベタベタする。
「夕方まではフリーなんすよね?」
「そうだ。6時までには船に戻って来るんだぞ。」
「了解っす。」
俺は風間に軽く返事をすると、市街地に向かって歩き出した。せっかくのフリータイムだ。少し探検してみよう。
絵に描いたような街並み。沖縄案内のパンフレットにあるような風景だ。だが本当に人が居ない。せめて一人ぐらいは居てもいいのに。港に居た漁師ぐらいしか今のところ見ていない。静まり返った町はまるで俺たちを歓迎していないように感じた。
「お土産物屋でもあればと思ったんだけどなあ…。」
独り言が虚しく静寂に消えていく。だがその静寂を切り裂くような大きな声が町に響いた。
「ナツキ!!」
前方から走ってくる花澤は俺の名前を呼びながら大きく手を振っている。俺はゆっくり歩きながら花澤の元へと向かった。
「どうしたんすか?大きな声出して。」
「あっちにな、すっごい綺麗な砂浜があるんや!行かへん?ねぇ、行こうや!」
「うぇっ?ちょっ!!」
俺は返事をする間も与えられずに引っ張られる。そりゃ砂浜ぐらいあるだろ、沖縄の島なんだから。
足元の道は舗装路からいつの間にか砂へと変わる。両脇には頭を越す南国情緒漂う草が生えている。人二人がようやく通れる程の小さな道だ。そこを抜けると、その砂浜は姿を現した。
そこには俺の単純な想像を遥かに越えたプライベートビーチが広がっている。
「うわぁ……マジか。すげぇ…。」
思わず声が出る。
「そやろ?なぁなぁナツキ、せっかくやし泳がへん?」
「えっ?いや、水着持ってきてないですし…。どっかで買えるんすかね?」
「ふっふー。じゃーん!!」
花澤はいきなりワンピースのスカートをたくし上げる。俺は反射的に目を反らす。…反らしたくなかったけど。
「ねぇ、見て見て!」
俺はその言葉にそっと目線を戻した。そこにはしっかりワンピースの下に白い水着を着た花澤の姿。
「…なにやってんすか?」
「えっ?いや、水着…着てきたんやけど。」
「いや、遊びに来た訳じゃないでしょ?」
「ほ、ほら!英気を養うってやつや!」
「それ、まさか出発の時から着てたんすか?」
「………うん。」
心底呆れた。この人は最初からこれを見越していたのだろう。明日から戦闘が始まるのにわざわざ体力を使って遊ぶ事を考えているのは花澤ぐらいなものだろう。
「はぁ…。俺は止めときますよ。先輩だけで泳いできてください。」
少し投げやり気味に言った。花澤はプクっと頬を膨らませる。
「むー!!別にええやろ!楽しみだったんやからっ!!ブツブツ……」
花澤はそう言ってワンピースを脱ぎ始める。本当に一人で泳ぐつもりなのか。凄いな、この人。
花澤の白いビキニ姿を見て俺は少し照れる。細身の小さな体に控え目な胸。姉さんとは比べ物にならないプロポーションだがそんなことは別に気にしない。俺がここで貴重品を見ててあげよう。…目の保養にもなるし。
「おーい。つくし!」
その時、背後から声が聞こえる。振り返るとそこには小さな子供が黒い背伸びビキニを着てこちらに向かってきている。
あれは確か…朝霧里穂だ。第三小隊隊長のお子さん……いや、奥様の。
「里穂さんやん!ねぇねぇ一緒に泳がへん?」
「うん!私も今そう言おうとしたところ。まだこれから来るよ、飯倉と松本も水着着てたから。」
「ほんまに!?やっぱり皆考えてること一緒やん。うち、さっきナツキに怒られてもーたよ。遊びに来た訳ちゃうって。」
花澤はそう言いながら得意気に俺を見た。…これはヤバイやつだ。里穂の目線が痛い。
「いや、やっぱ全然いいっすね!せっかく南の島に来たんすから。あ、俺もやっぱり泳ごうかな!!そうしましょう!!水着買ってきますよ、あるかなー?無かったら泳げないなぁ。そしたら仕方ないなぁ…」
俺はその場を逃げるように歩き出した。実際逃げてるんだけど。すると前方から飯倉と松本が歩いてくる。
「おう、ナツキ。お前も泳ぎに来たのか?」
相変わらず顔が怖い飯倉。普通の言葉が脅迫に聞こえる。俺は思わず返事をしてしまった。
「は、はい!水着忘れたんで探してきます!」
どうせこんな寂れた島に水着なんて売ってないだろう。俺はこのまま逃げ切る気で歩みを進める。
「あ、さっき寄った商店に確か売ってたよ。そうでしたよね、隊長?」
松本は俺を呼び止めるように言った。
「あぁ、確かにあったな。良かったな、ナツキ。これで俺と一緒に泳げるじゃねーか。」
終わった。俺はまたビーチに戻ってくる必要がある。松本さん、余計なこと言わないでください。
「ヨカッター、ソシタラマタキマスネー。」
俺は心にもない返事をすると、その商店を探しに向かった。