ソウサク
速過ぎる。追い付けない。花澤は既に俺の20メートル程先を走っている。
あれ?俺ってこんなに足遅かったっけ…。
俺はそんな事を思いながら人混みを掻き分ける。すると花澤は急に立ち止まり、辺りをキョロキョロと見回し始めた。どうやら既に道に迷ったらしい。なんて不安そうな立ち姿だろうか。
「先輩!!待ってくださいよ!!」
ようやく追い付いた。花澤は俺の声に振り向くと、安堵の表情を浮かべる。
「なんや、ナツキも来たんか!うち一人でええのに。」
「え?いや、絶対今道に迷ってましたよね?」
「うちが?迷う?なんのことや?」
「……もういいっすわ。」
俺は諦めた。多分この人は焦ると周りが見えなくなるタイプなのだろう。しかも、それを指摘されても認めない。なんて頑固な性格だろうか。
「とにかく、月島先輩を探しましょう。」
「そやな!行こっか!」
自由行動が禁止されている分、少しお得な気分だ。皆を待たせるのは悪いが、月島捜索という名目であればある程度は擁護されるだろう。花澤なら大丈夫かもしれない。
「先輩、あそこに居るかもしれないっすよ?」
空港に併設されている大型のショッピング施設。俺はそれを指差した。
「はぁ…。ナツキ、今は買い物なんてしている場合や………なんやあれ!?あの人美味しそうなもん食べとるなぁ!!」
やはりちょろい。
ショッピング施設から珍妙なスイーツを持って出てくる人に花澤の目は釘付けになる。
「行きましょう!月島先輩もあれ、食べてるかもしれませんよ?この中っすね!」
「そ、そやな!行ってみよか!」
俺と花澤はショッピング施設に入った。
広いし綺麗だ。久々の外界での買い物(何か買う訳でもないが)。しかも初めての沖縄。文句はない。俺は今まで溜まっていた鬱憤を晴らさんと店一つ一つを見て回る。
「あっ!これ探してたんや!」
花澤はふと店頭で立ち止まる。そして見たこともないキャラクターがプリントされたシャツを手に取る。緑色で細長いキャラクター。とてもかわいいとは言えない。
「なんすか、それ?」
「ふっふーん!これはな、沖縄のゆるキャラや。“ゴーヤちゃんぷ”って言うんや。かわいいやろ?」
そのキャラクターの手にはボクシンググローブがはめられている。なるほど。
「かわいいっすか?それ?」
「かわいいやろっ!!」
膨れる花澤を見て俺は思わず笑ってしまった。なんだろう。結構楽しい。これはちょっとしたデートだ。
「あー……。財布バスに置いてきてしもた。」
花澤は思い出して溜息をもらす。とても寂しそうな表情だ。
俺は“ゴーヤちゃんぷ”のシャツを手に取るとそのままレジに並んだ。
「なんや?ナツキも結構気に入っとったんか。ええなぁ…。」
「違いますって!はい、これプレゼントっす。」
「……へっ?うちに?」
「そうっす。いつもお世話になってるお礼っすよ!」
花澤は俺の顔を見る。その表情はみるみる赤くなっていく。
「あ、ありがとう…。大事にするわ。」
なんでそんな表情をするのだろうか。そんな顔されるとこちらまで照れる。そんなつもりじゃなくても意識してしまうではないか。
俺と花澤はその店を出て再び歩き始めた。さて、次は花澤の気になっていたスイーツでも探そうか。
その時、俺はふと思い出す。
「………あっ!!」
ヤバイヤバイヤバイヤバイ。俺の目的。すっかり忘れていた。皆はバスで待っている。俺は隣で満足そうな表情をしている花澤を見た。
「月島先輩を探しに来たんじゃないっすか!!」
花澤は一瞬止まり、慌て始める。
「あわわわ。あかん!!そやった!ゆっくりし過ぎたわ!!はよ、探さな!」
「…誰を探すの?」
背後からのその声に俺は振り向きながら答える。
「だから、月島先輩ですって!」
そこには月島の姿があった。その手には先程見たスイーツ。
「……なにやってんすか?」
「……買い物…?」
「いや、皆待ってますよ?」
「…うん。…わかった。」
月島は淡々と答える。
「美咲ちゃん、それ、美味しそうやな。」
花澤は月島のスイーツをじっと見つめる。ヨダレ、出てますよ?
「…一緒に…食べよ?」
「ええの!?ありがとぉ!」
なんとか無事に月島を見つけることに成功した。いや、見つけたと言うか、見つけてもらったと言うか。なんとも言葉にし辛い状況だ。
俺は二人を連れてバスに戻った。
「よかった、美咲!無事だったか!」
風間は俺たちの姿を見ると、バスから飛び出して来てそう言った。本当に心配していたのだろう。まるで迷子の子供を見つけた父親のようだ。
「うぉーい!旨そうなもん食ってんじゃねーか!!」
飯倉はバスの中から俺たちに声をかけた。正直これぐらいで済んで良かった。本当ならばもっと怒られても仕方ない状況だぞ、これは。
「日向、全員揃った。遅れてすまなかったな。」
風間は既に爆睡状態の日向を起こしてそう伝えた。
「はいよー……。出発ー。」
日向は寝ぼけながら運転手に指示を出した。バスはゆっくりと走り始める。
「見て見て、花怜ちゃん!ゴーヤちゃんぷのTシャツ、ええやろ?」
花澤は花怜の隣で興奮気味に語り出した。花怜は少し呆れ気味だったが笑顔のまま花澤の話を聞いている。あんなに満足してくれるのなら買った甲斐があった。俺の口元が緩む。
「何か嬉しいことでもあったのか?」
隣に座る風間は俺の顔を見て不思議そうにそう言った。
「いえ、まあ。……風間さん、俺、このチーム嫌いじゃないっす。」
「そうか。それは良かった。」
風間は少し苦笑いする。何故苦笑いなのかはわからないが、そんなことはどうでもいい。今はこの雰囲気を楽しんでおこう。
もしかしたらこれが最後になるかもしれないし。