デコイ
ふと頭に一番嫌悪していた人の顔がちらつく。
『レギナルドとは戦うなよ?』
そう言った時の日向の顔は哀愁に満ち溢れていた。そう、日向があの時俺に託した作戦は目標物を持たないという選択肢だった。目標物を松本から受け取ったら、隙を見てそれをカナリアに渡すというもの。つまり俺はデコイ、囮なのだ。すでに目標物は廃屋の中を走り抜けた時にカナリアに渡してある。今のこの状況は日向にとっては願ったり叶ったりの状況ではないか。
なのになぜあんな顔を俺に見せたのだ?
俺はすぐに頭を振るってから能力の扉に手をかけた。
『いきます、隊長、里穂さん。』
バキッ!
扉を強制的に蹴破った。インストールも終わっていない能力を同時に開いたのだ。頭が割れるように痛い。そして目もまるで霞がかかったかのように曇り始めた。そして俺は身体のコントロールを預けた。いや、そうするしか選択肢は無いのだ。
スーパータスカーと瞬間記憶能力の同時展開。つまりはあの二人が分担で行っていた事を自分一人で展開しようというのだ。
『…どけ。目標物を持っていないお前に用はない。失せろ。』
レギナルドは目を見開いて俺を睨み付ける。尋常ではないオーラがビリビリとスクリーン越しに俺に伝わってくる。
目標物を手渡したカナリアは迂回しながら本部へ向かっている筈だ。それまで耐えれれば俺の勝ちだ。
声が出せない俺はフリーズしたように見えるが、目だけを動かしながら辺りを見回している。するとレギナルドはそんな俺を無視して横を走り抜けていく。
だが同時に俺の身体はそれに反応した。手に持っていた脇差しをレギナルドの首筋に向かって正確に突き出したのだ。
『む?』
見ていないのに飛んできた刀にレギナルドは珍しく声を出した。だがレギナルドはなんなくそれを避けると、足を止めてから一歩後ろに下がった。
『ほう…能力は同じでもタイプが違うのか。』
レギナルドは一瞬ニヤッと笑ってそう言ったが、すぐに表情を引き締めた。そして体を俺に向け、左手を前に出して静止した。
その姿はまるで“来るなら来い”と言わんばかり。自信に満ちたその表情からは死の匂いがした。
だが今の俺はそんなことでは止まらない。
死合うのみ。
どちらかが倒れなければこの戦いは止まらないのだ。
俺はレギナルドに向かって走り始めた。そして片手で脇差しを横に振り出した。するとレギナルドは左手の平で俺の脇差しの刃を上に弾いた。
『素手!?』
俺はスクリーン越しに声をあげた。素手で刀を弾くなんて聞いたことがない。確かに理論上は可能だとは思う。だがこれは現実だ。そんなものが通る筈がない。
と同時にレギナルドは右手の拳で俺の腹に向けて攻撃を始めた。
パンッ
しかしここで朝霧のスーパータスカーの能力が発動した。俺の身体はギリギリでその拳を受け止めていたのだ。