チュウオウセン
花澤は大きく息を吸ってからゆっくりと吐くと、辺りを見渡し始める。
「…っ冬馬!?」
20メートル程離れた所に血だらけで息をあげる藤代の姿があった。まだ足取りはしっかりとしているものの、その姿は戦況の不利を表していた。
花澤は藤代の元へ向かおうとしたが、その時ふと目線にもう一人の味方の姿を確認した。そこには同じく血だらけで戦う高橋の姿があった。その周囲には3人の敵が見える。その中には以前苦戦した敵の一人であるラインハルトの姿も確認出来る。
中央戦線は完全にドイツが有利だ。このままでは運び屋の元に敵が溢れてしまうのも時間の問題だ。そうなればここでの花澤の判断が重要になってくる。果たしてどちらの加勢に入るべきなのだろうか?
「あぁ!!もうっ!!」
花澤は声を荒げてから頬を叩いた。先ほどポールから貰った傷口が少し痛むが、その痛みが逆に花澤の頭を冷静にさせた。
「はぁ…はぁ……。くそぉ…命の奪い合いってのは簡単なことじゃないのぉ。」
藤代は額に大きな切り傷を負っており、血は止めどなく流れ続けている。初めての戦いがAランクの相手なのだ、無理もないだろう。血で赤く染まった視界には一人の女の姿があった。
『ねぇ、日本ってもっと強いチームって聞いてたんだけど?あんたが弱いだけなの?』
細身ながら筋肉質なその女はベリーショートの黒髪を撫でながら口を開いた。その手には軽く湾曲した珍しい形の剣が握れている。
『その通り、俺が弱いだけじゃ。ま、それでも世界一位のドイツ相手には頑張ってる方じゃない?』
藤代はおどけながらそう答えた。すると女は鼻をならしてから肩を竦めた。
『あんたが使ってるそれ、“ファルカタ”じゃろ?斬撃、突撃、打撃までこなせる紀元前に使われていたローマの重剣じゃね。』
『…ずいぶんと博識なのね。』
『まぁね。』
藤代は女と会話しながら額の血を拭った。既に左肩を浅く切られていた藤代は迷彩服を黒く染めていた。
『あんた新人なんだろ?この場でリタイアするなら見逃してやってもいいよ?』
女はそう言ってから手に持っていた緑色のドックダグを藤代に見せた。
『いつ取ったんじゃ?……返せよ。』
藤代はそう言うと、女に向かって走り出した。
すると女はファルカタを右に振り出してから顔の前に構えてニヤッと笑った。藤代は真っ直ぐ刀を突き出したが、直前で刀を止めてフェイントを入れた。そしてそのままクルリと身体を回転させながら刀を振るった。
カンッ
だが女はファルカタの根元で藤代の剣を止めて見せた。藤代のフェイントが全く通用していないのだ。
『あんた、自力が無いからそのフェイントに頼ってるんでしょ?それじゃあたしには勝てないよ。』
女は歯を見せて笑っている。
その通りだった。つまりフェイントにさえ気を付けていれば対応は簡単なのだ。女は一瞬でそれを見切っていたのだ。
女は藤代の刀をそのまま受け流すと、流れるように藤代に向けて攻撃を始める。片手で振られるその太刀筋は変則的だった。まるで蛇のように動くその動きに藤代は全く付いていく事が出来ない。
遂にバランスを崩した藤代は尻餅をついて倒れた。
『終わりね、キツネ野郎。』
女はファルカタを藤代の首に向かって突き出した。藤代は諦めたように目を閉じて俯いた。
ドスッ
瞬間、鈍い音と共に目の前の女は何者かに体当りされて横に倒れた。藤代が目を開けるとそこには女と共に倒れる花澤の姿があった。二人はすぐに体制を立て直すと、互いに武器を構えて止まった。
「ギリギリセーフやったわ!はよ立って、冬馬!」
「花澤さん!」
藤代は目を見開いて花澤の名を呼ぶと、すぐに立ち上がった。
『ポールのやつ…負けたのね。…使えない男ね。』
「あっ!今ポークの悪口言ったやろ?気持ち悪いけど悪い人や無かったんやからね!」
『…相変わらずうるさいわね、つくし。』
「なんや、名前覚えてくれてたんか?うちもあんたのことはちゃんと覚えとるよ?」
『はぁ…日本語はわかんないって。』
女は溜め息を吐いてから苦笑した。花澤はパチクリと瞬きしながら首をかしげる。
「日本語はわからないって言ってますよ?」
すると藤代が通訳を始めた。
「うん。うちもドイツ語はわからん。」
「…あれは英語です。」
藤代は表情を引き吊らせながら小さくツッコミを入れた。
「ほなやろか、ハンナ。」
花澤はすぐに表情を引き締めるとそう言ってナイフを構えた。




