コエルベキモノ
その頃、竜胆の右前方20メートルの地点では里穂が苦戦を強いられていた。
太陽に雲がかかり地上に影を落とす中、里穂は1度も止まること無くエレノアと互角の戦いを続けている。既に互いの刀は刃こぼれしてボロボロになっており、それはこの短期間の戦いの激しさを物語っていた。
実は里穂は未だ戦いに集中しきれていなかった。なぜなら里穂はエレノアの刀を受け止めながらこの周辺を観察する必要があったからだ。里穂の空間認識能力はなんの準備も無しに発動出来る訳ではない。大きさにもよるが、視認して頭の中にその空間をマッピングし終えるまでに最低でも5分以上はかかるのた。
これが普段第三小隊がディフェンス小隊とされている所以だ。里穂はマッピングの時間を多く与えられれば与えられる程広い空間を支配する事が出来るのだ。
ガキッ
また刃が欠けた。と同時にようやく互いは距離を取ってから戦いを中断させた。エレノアは半月刀を肩に乗せてから息を整えると、里穂を睨みながら口を開いた。
『本気出しなよ。…探り合いとかくだらないことしないでさ。』
すると里穂は肩で息をしながらエレノアの言葉に答えた。
『別にそんなつもりはなかったんだけどね。でもまぁいいわ…。丁度終わったからその期待に応えてあげる。』
里穂はボロボロの刀を鞘にしまってから小さく息を吐いた。そして手品師のようにどこからともなく1本の投げナイフを右手に出現させる。そんな里穂を見たエレノアは半月刀を肩から降ろすと、直立姿勢のまま顔の前に構えた。互いの纏う空気が変わった。
瞬間、里穂は右手のナイフをエレノアに向かって投げた。ナイフは刃を前に向けたまま真っ直ぐ空気を切り裂いて進む。エレノアは揺れるように体を斜めに倒してそのナイフを間一髪で避けた。
だがもちろんナイフはそれだけではない。里穂は走りながら次々とナイフを投げ続けていた。エレノアは汗を滴ながらもギリギリで全てのナイフを避ける。
『…避けられるようになったのね。前はこれで決着ついたのに。』
里穂はある程度ナイフを投げると、そう言ってから再び刀を抜いて走り始めた。その時、雲に隠れていた太陽が顔を出して二人を照らし始める。
『あの頃の私とは違う。あなたを倒す為に私は強くなったんだ。』
エレノアは半月刀を構えて里穂を迎え撃つ。
カンッ
二人の刀は音を立ててぶつかり、火花を散らした。里穂は力比べすることなく刀を滑らせて横に往なすと、一歩下がってから左手に隠し持っていたナイフをエレノアに向けて投げた。
虚をつかれたエレノアだったがバランスを崩しながらも何とか半月刀でナイフを弾く。だが里穂はそこを見逃さなかった。すぐにエレノアとの距離を詰めると、刀を首に向けて突き出した。
しかし、刀がエレノアに届く直前に里穂の視界が突然真っ白に染まった。まるでカメラのフラッシュを目の前で焚かれたような感覚だった。
「痛っ!?」
気付いた時にはエレノアは目の前から消え、何故か里穂の右腕からはボタボタと血が滴り落ちていた。見るとエレノアの半月刀には赤い血がベッタリと付着している。
『腕を落とすつもりだったのに…直前で避けたわね?』
エレノアは半月刀の血を地面に振り落とすと、そう言って里穂を睨み付けた。
『…その物騒な刀の意味がようやくわかったわ。…太陽ね。』
里穂は冷や汗を滴ながらすぐに右腕の傷口を圧迫して止血を試みた。だがいっこうに血が止まる気配はない。予想以上に傷が深いようだ。
『まさか一撃でバレちゃうとは思わなかったわ。…その通りよ、この刀身が太い半月刀は太陽の光を反射させる為のもの。でもわかった所でこの技を防ぐことは出来ないよ!』
エレノアが話している間に里穂は腰のポーチから包帯を取り出そうと漁り始めた。だがエレノアはそんな時間を相手に与える程甘くは無かった。
『どうやら血が止まらないみたいね?』
エレノアは里穂との距離を詰めて半月刀を振り始めた。
カンッ!
里穂は何とか刀で攻撃を防いだが、その瞬間に右腕から夥しい量の血が流れ落ちた。里穂は顔を引き吊らせながらも隙を突いてエレノアを蹴り飛ばした。
『くっ…まだそんな力があったのね?油断したわ!』
エレノアは膝を地面につきながら里穂を見上げる。
「はぁー。こうなっては仕方ないわね…。流石にAAAランクにノーマルじゃキツいか…。」
里穂は大きくため息を吐くと、日本語でそう呟いてから右腕の血をペロッと一口舐めた。
「…仕方ないもんね。それじゃ殺すよ?」
そして里穂は目を大きく見開いてからニヤッと笑った。
エレノアはその不気味な姿に警戒を強めた。以前戦った時にはあんな表情の里穂を見たことは無かった。




