ゲッコウ
ミーティングが終わったのは10時過ぎだった。全員で当日の動きを確認した。…もうやることはない。
緊張?不安?
もちろんあるさ。でも…
もしかしたら全員でここに居れるのは最後かもしれない。そう思うと胸が苦しくなった。誰も居なくなって欲しくない。みんなで生きて日本に帰りたい。そんなことばかり考えていた。
明日の起床は朝6時。出発は午前10時を予定している。現在の時刻は午前0時、そろそろ寝なくてはいけない。俺は強制的に目を瞑って眠ろうとするのだが…案の定なかなか寝付けない。
ガタッ…ギー…コツコツコツ
…ん?
物音に俺は目を開けた。部屋を見渡すが菅野はしっかり眠っている。…そうか。パーテーションでしか仕切られてないから音が良く聞こえてしまうんだ。
それにしても…一体誰だろうこんな時間に。
少し気になる。ちょうどトイレに行きたかった俺はギシギシと音が鳴る粗悪なベッドから抜け出した。
事を終えてから外に出ると、冷たい風が吹き付けてきた。
「さっむ…。」
薄着だった俺は手を擦り合わせる。
「…くしゅん。」
突然聞こえたクシャミに振り向くと、そこには空を見上げたまま固まる月島の姿があった。全く気配が無かっただけに少しびっくりしてしまった。
あの音は月島が外に出た音だったのか。
月島は俺に気付いているであろうに全く話しかけてくる気配がない。…正直気まずい。月島と二人で話して盛り上がった記憶は無い。
俺は月島の横顔を見つめる。
整った顔に大きな黒い目。その瞳は真っ直ぐ空の月を見ている。月の光は綺麗な黒髪を白く染めている。
俺はその姿に釘付けになる。どこか神々しい雰囲気を感じていた。多分これが普通の女の子ならモテるんだろうな。
そんな事を考えてから俺も空を見上げる。
大きかった。今まで見た月の中で一番大きかったんだ。その光は街灯が無いこの街を蒼白く染め上げている。まるで戦の前の静けさを俺に知らしめているようだ。
この感覚はあの日に似ている。
あの日も俺は眠れずにこうして外に出たっけか。
「約束…ですもんね。」
俺の口から勝手に言葉が溢れ落ちた。別に月島に言ったつもりは無かったが、結果としてそうなってしまったようだ。
「……ん。」
月島は空を見上げたまま小さく返事?をしたように感じた。
月島は明日、世界最強の男と戦うのだ。きっと精神統一しているに違いない。これ以上邪魔するのはマズイよな…。
「…なんでナツキが居るん?」
そう思って部屋に戻ろうとした時、突然背後から花澤の声がした。
「その言葉、そのままお返ししますよ。」
俺が振り返りながらそう言うと、そこにはブランケットを羽織った花澤の姿が。
「うちは美咲ちゃんと待ち合わせしてたんや。月が綺麗やから一緒に見よって言ってな!」
「そうっすか。そんじゃ邪魔しちゃ悪いっすね。俺は先に入ります。」
体がすっかり冷えていた俺は肩を震わせながらそう言った。
「えっ…?別に邪魔じゃないけど。ねぇナツキも一緒に見ていこうよ!」
すると花澤は目をパチパチと瞬きさせてから焦り気味に俺の腕を掴んできた。
「…えぇ!?でも寒いっすもん!」
「ほらっ、これ貸したげるから!」
花澤はそう言ってブランケットを俺の肩にかけた。…女の子のいい匂いがする。俺は新しいオモチャを与えられた子どものように大人しくなった。
そして3人で並んで空を見上げた。月光は俺たち3人に等しく光を与えてくれた。静寂が俺たちを包み込む。
少し経ってから俺の隣で花澤の泣き声が聞こえた。だが俺は振り向く事はしなかった。きっとここに足りない一人の事を思い出しているのだろう。
「…また皆で見ましょうね。約束っす。」
言うべきか迷った。でも言わないとあの日を否定しているような気がして…だから俺は言ってしまったんだ。
「ひっぐ…ぐすっ…。うん、そやね。約束。」
「…うん。」
怖かった。誰も答えてくれないんじゃないかって思っていたから。でも二人とも答えてくれた。俺にはそれが嬉しかったんだ。
「…くしゅん。」
そこで再び月島がクシャミをする。俺はブランケットを月島の肩にかけてから立ち上がった。
「そろそろ入りましょっか。風邪ひいちゃいますよ。」
「そやねっ。美咲ちゃんが風邪ひいちゃあかんもんね。」
最後の夜が終わりを告げようとしていた。
全員で揃って迎えられる夜が…
皆わかっていたんだ。きっと世界ランク1位のドイツとやって全員が無事な訳が無いって事は。誰も口に出さなかっただけなんだ。




