セオイシモノ
「あっ…」
俺は思わず口から声を漏らしてしまった。見知らぬ土地で知っている人間を見つけてしまった反射だろう、特に声をかけるつもりは無かっただけに悔やまれるところだ。
「なんだナツキじゃねーか。お前は平気なんだな?」
飯倉は俺の声に反応して喋り始めた。
「時差ボケのことっすか?」
「あぁ、そーだよ。松本の野郎はすっかりダウンしちまったからな。」
飯倉はタバコの煙を空に向けて勢いよく吐いた。
正直俺はこの人が苦手だ。元々第一小隊とあまり関わりがないのもそうだが、俺はこの人の事を未だに良くわかってない。俺にとって知らないことは苦手なことにイコールなのだ。
それに…中国戦の時に死んだ安井の事だってそうだ。いくら死ぬのが当たり前の世界だとしても冷たすぎる。安井はずっと一緒に戦ってきた仲間であろうに、それについて悲しんでいる様子を俺は一度も見たことがなかったのだ。
「飯倉隊長は何してるんすか?」
それでも俺よりも位の高い隊長である飯倉を無視出来る訳はない。この殺伐とした世界でも上下関係は大切なのだ。俺は下っぱサラリーマンのように質問をしてみる。
「タバコ切れちまいそうだから買いたかったんだけどよ、どうにも店らしきもんが見当たらねぇんだ。」
飯倉はそう言ってタバコの箱をカラカラと振って見せた。
「ここら辺何もなさそうですもんね。なら菅野さんに貰えばいいんじゃないですか?」
「おぉ…そうだな。」
飯倉は俺の提案に何故か歯切れ悪く返事をした。俺はタバコを吸わないから良くわからないが種類が違うとやはり嫌なのだろうか?
すると飯倉が唐突に話を変えた。
「そういやナツキ、てめぇもダウンロード能力を持ってるんだったな。それならあれか…あいつの能力もダウンロードしてんのか?」
「あいつ…?」
「…影虎の医療能力だよ。」
飯倉はタバコをくわえたまま空を見上げる。意表を突かれた質問に俺は思わず黙ってしまう。
「驚かせちまってすまねぇな。別に言いたくねぇならそれでもいい。」
飯倉は沈黙を壊した言葉をその場に置くと、タバコの火を消して歩き始めた。
「いやっ!待ってください!」
俺は飯倉を呼び止めた。別に言いたくない訳ではない。只、飯倉の口から安井の名前が出たことに驚いただけなんだ。飯倉は俺の声に反応してこちらに振り返る。
「あの…影虎さんの能力はダウンロードもインストールも終わってます。」
「…そうか。」
俺の言葉に飯倉は少し表情を緩めた。だが俺はその質問の意図がわからなかった。素直に聞いてみたい気もするが…ちょっと怖いんだよな…。
「気になるのか?顔に出てるぜ。」
すると飯倉がそう言って二本目のタバコに火をつけた。俺は黙って頷く。
フゥー
飯倉の息と共にタバコの煙がフワフワと形を変えながら空を舞い上がっていく。
「安心したぜ。お前の中にちゃんと影虎が居てくれてよ。中国戦でアイツのドックタグが紛失しちまってな。」
飯倉は首もとからジャラジャラと何かを取り出した。それは様々な色の4枚のドックタグだった。
「それって…?」
「あぁ、これは今まで俺の小隊で死んだ奴らのものだ。第一小隊は前線で戦う事が多い分、死人の数も一番多い。だからいちいち感情を落としてるわけにはいかねぇんだ、例えそれが誰であってもな。責めてこれはこいつらの死体の上で戦ってるって戒めだ。…気休めだけどな。」
飯倉はそう説明しながらドックタグをジッと見つめる。その目は寂しげではあるがどこか力強くも見えた。
俺はあの日を思い出す。そう、安井のドックタグは俺が持っているのだ。
「あの…影虎さんのドックタグ、俺が持ってます。ごめんなさい。本当は俺…託されたんです。これを飯倉隊長に渡してくれって。でも…それが信じられなくて…」
気まずい俺は俯いたままそう言うと、首にかけていた安井のドックタグを差し出した。すると飯倉はそれを受け取った。
「…お前が持ってたんだな。ありがとよ、お陰で影虎と一緒に戦える。」
飯倉はそう答えながら安井のドックタグを首にかける。
申し訳なかった。先ほどまで飯倉のことを勘違いしていたから…。勝手に決めつけて嫌っていた。
「すみませんでした。」
俺は再び頭を下げる。すると飯倉はニコッと笑ってから俺の頭をワシャワシャと撫でた。
「はっ!別に気にしてねぇよ。…本当はてめぇの能力みたいに頭の中に取っておければ便利なんだけどな。」
乱雑に頭を撫でられた俺はゆっくりと頭を上げた。すると飯倉はポケットに手を入れ、俺に背中を向けた。
「そんじゃあまた後でタバコ貰いに行くわ。」
そしてそう言って片手を上げると歩き去っていった。




