ハジマリノアイズ
小隊対抗武道大会から間もなく2週間は経とうかというところ、第三小隊のミーティングを終えた俺は菅野と共に廊下を歩いていた。最近菅野は絶賛イメチェン中らしく、そろそろ俺もそれについて触れなくてはいけない時期になった。
「菅野さん、だいぶ髭伸びましたね。似合ってますよ。」
「おお、そうか?…渋いか?」
「渋いっす!」
何故渋さを求めているのかはわからないが、俺の返答に満足そうな表情で頷く菅野の姿を見てとりあえず一安心する。
「最近頑張ってるらしいな、隊長から聞いてるよ。どうだ?少しは成長したのか?」
「そうっすね…。基礎練習はもちろんのこと、能力の使い方に加えて地形の使い方まで2時間みっちり叩かれてますからね。まぁ、能力に関してはだいぶ掴めてきましたよ。なんせ暴走してもあの二人なら安心ですからね、思いっきり使わせて貰ってます。」
俺が鼻息荒くそう言うと、菅野は右手で顎髭を撫でながら口を尖らせた。
「ま、俺一人じゃ確かに暴走したナツキを止められないからな。悪かったね。」
「いやっ、そんな事が言いたいんじゃなかったんすけど…?」
「わかってるよ、冗談だ。俺は近接戦闘はそんなに得意じゃ無いって言ったろ?」
見事に菅野にからかわれた俺は頭を掻きむしりながら少し照れた。本当に冗談なのか?少し疑いながらも俺は菅野の優しさを信じてみる事にした。
だがその時だった。
カーンカーンカーン
そんな日常の一コマを壊すかのように突然鳴り響いた鐘の音に俺の身体は石のように固まった。
「…ナツキ、行こう。」
菅野は俺の肩を叩いて体の固まりを溶いてくれた。だがその途端に体が震え出す。まるでパブロフの犬のように鐘の音が俺の震えのサインになってしまったようだ。
再び始まるのだ、あの殺し合いが…。
不幸中の幸い、ちょうど大会議室近くを歩いていた俺たちはすぐに到着した。扉の先には一人座る日向の姿があった。机に両肘をついて口元を隠す日向は一瞬俺たちを見たが、すぐに目線を戻して静止した。
俺と菅野は第三小隊の席へ座る。まだ手は震えている。すると菅野は俺の背中を優しく擦り始める。
「…お前は強くなってるよ。」
俺は菅野を見てから必死に息を整える。一度知ってしまうと怖くなるんだ。俺の頭にあの日がフラッシュバックする。
影虎さん、風間隊長…。
二人は俺の目の前で死んでいった。また誰かを失うのか?それとも俺が死ぬのか?忘れていたんだ。…いや、忘れようとしていたんだ。俺たちのこの生活の核にある“死”の連鎖の存在を。
ガチャ…
扉は次々に開き続々とメンバーが大会議室へと入ってくる。いちいち目を上げる余裕が無かった俺は目を伏せたまま必死に震えを止めようと努力する。
「大丈夫や、うちが守るよ。」
突然俺の耳元で聞こえた言葉に俺はハッと顔をあげた。そこには優しく微笑む花澤の姿。花澤は俺と目を合わせてから第二小隊の席へと向かって行った。
「鳥海ぃ、情けねぇからそんな顔すんじゃねーよ。同期の俺までそう思われるだろうが。」
するとその反対側から竜胆が俺に向けて静かにそう言った。
「ナツキ、しっかり前を向きなさい。」
続けて背後から里穂が俺の頭に手を置いて言葉をかける。
…俺の周りにはみんなが居る。まるで包まれているような感覚だ。…なんて温かいんだ。
手を見ると震えは止まっていた。俺は拳をギュッと握りしめる。
「うす。」
俺は真っ直ぐ前を見る。隣に座る菅野はそんな俺を見て小さく頷いた。




