ジシン
風間は静かに立ち上がり構えた。その構えは今まで見たこともないような構え。左手と左足は前に出し、右手は胸の前。俺は戸惑う。だが実力を見せるいい機会だ。
俺の戦闘スタイルは合気道と空手を融合させたものだ。空手で相手を誘ってから、合気道によるカウンター。これが俺の基本型だ。俺はこれで対人格闘の成績トップになった。
俺は右足を一歩踏み込む。だが風間は微動だにしない。相手が動かないのならば、そのまま決めるのみだ。俺は更にもう一歩前に出る。そして左足で風間の脇腹を目掛けてミドルキックを放つ。
…ん?放てない。何が起きた?俺の足は加速する事なく手前で止まっている。思わず左足を見る。風間によって押さえられているのだ。
俺はすぐに足を引いた。一瞬の出来事。そして風間との距離を取る。いや、取れない。取らせて貰えない。風間は俺とほぼ同時に動き始める。なんなんだ、この人は。
風間はそのまま左拳を俺の腹に当てる。内臓が悲鳴をあげる。まだ朝食を食べてない。不幸中の幸いだ。俺は防御体制を取ること無く倒れた。その直後、俺の首もとにひんやりとした感覚が伝わる。金属?
風間は倒れた俺の首元に何かを押し付けている。倒れたとほぼ同時に首元に感覚があった。一体何が起きている?俺は混乱する。
「本番だったらこれでおしまいだ。」
風間は俺の首から手を離すと、表情を緩める。手にはプラスチックナイフ。どこに隠していたのだろうか?素手と聞いていたので全く警戒していなかった。…と言えばただの言い訳になるだろう。
「相手は自分の武器を申告してこない。白旗を降ってから騙し討ちしてくる奴だっているんだ。何でもありの世界だよ。ナツキはこれで晴れて死亡者リストに載るわけだ。」
悔しい。油断していたとは言え、何も出来なかった。久々に味わう敗北に俺は顔をしかめる。
「そんな顔するな。今のはちょっとしたデモンストレーションだ。すまなかった。」
風間は優しく微笑みかける。
「もう一度、お願いします!」
「…いいだろう。」
風間は再び構える。
それから何度死んだだろうか。風間の動きは常軌を異している。速すぎる。動きというよりかは、反応がだ。まるで俺の動きが先にわかっているように感じる。何をしても、どんな武器を使ってもそれは同じだった。遂に身体中が痛くて動けなくなる。
「よし、わかった。今日はここまでだ。終わりにしよう!」
何がわかったと言うのだ。俺の実力か?
始まる前には確かにあった俺の自尊心は既に姿も形も残っていなかった。何も言えない。風間はあえてだろうか、それ以上何も言わず、その場を後にする。
「…っつ。くそ…。痛え…。」
関節が軋み、筋肉が痛む。それだけではなく、どうやら精神的なものも作用しているようで、俺は立ち上がれない。
「悔しいん?それとも不安なん?どっちや?」
花澤の声がする。その質問は酷だ。残念ながらどっちもだ。俺は答えることが出来ない。
そして目を瞑ったまま静止する。すると花澤は頭を押さえて考える素振りを見せる。
「うーん…。どないしたらええんやろか…?うちは先輩なんやから、この場合は…ダメや、わからん。…もうええわ!!ナツキ、朝御飯食べれる?うちお腹すいたわ!」
この人は本当に…ありがたい。
俺の気は深く沈んでいたが、花澤の気が抜ける一言で少し楽になった。体に力が入る。どうやら立てそうだ。俺はゆっくりと立ち上がる。
「ちょっと自信ないっすけど、行きましょうか。」
最初に風間に貰った腹部への一撃で俺の食欲は皆無だったが、この人に誘われたのでは断れない。花澤はフラフラと歩く俺を支える。その小さな体に体重をかけまいと俺は必死に歩いた。
「デタラメですよ、あの人。」
「ま、しゃーないわ。隊長強いからなあ。でもちゃうな、デタラメでは無いわ。」
俺は黙る。確かにそうだ。あの動きは計算しつくされた動きなのだろう。決してデタラメではない。
「…あんな化け物ばっかりですか?ここは。」
「せやな、隊長より高いランクの人も確かに居るわなあ。」
自分で聞いておいて後悔する。これが俺に突きつけられた現実だ。昨日の日向の言葉が今になって身に染みる。姉のことに固執する余り、俺は重要な事を見落としていた。ここは殺し合いの控室、死への入口なのだ。半端な実力では真実を知る前に死ぬ。だが喪失した自尊心は俺の頭に絡み付いて取れない。
それを察してか、花澤は自信満々に口を開いた。
「でもな、うちらと一緒に訓練すれば大丈夫や。ちゃんと強くなれる。それにナツキ、あんたにはちゃんと誰かが付いててくれるやろ。忘れたんか?」
花澤の言葉に俺は思い出す。確かに忘れていた。俺の自尊心であり、誇り。俺は鳥海ハルカの弟なのだ。そう簡単に諦める訳にはいかない。
「ふふふっ。顔、変わったね。食欲出てきたんとちゃう?」
花澤は俺の顔を除きこんでくる。俺は見透かされて少し照れた。




