トビラ
真っ暗なその部屋は人の出入りが少ないらしく、少し埃っぽい匂いがした。花澤がスイッチを押すと、タイムラグの後蛍光灯がつく。予想より狭い部屋には乱雑に置かれた資料と2台のパソコンがあった。
夕食を終えた俺は、花澤に案内されて資料室へ向かった。ボリューム満点のハンバーグ定食は俺の胃を圧迫し、少し瞼が重くなってきた。それにしても花澤の食欲には驚かされた。あのハンバーグ定食とは別にミニカツ丼まで平らげたのだ。この小さな体のどこにそれが入っているのか、不思議で仕方ない。
「ここが資料室や。あのパソコンに色んなデータが入っとる。んで、こっちの資料は今までの戦闘データ。そっちには戦闘結果とかが載ってるわ。メンバーが見ることが出来るんは全部ここに集められとるわ。」
花澤はそう言ってパソコンの電源を入れ、パスワードを解除する。
「ほな、これでええな?うちは部屋に戻るから、何かあったらそこの内線でうちの部屋番押してや。番号は202や。…寝てたら許してや?」
花澤が指差す方には古びた内線電話が一台。俺が頷くと花澤は膨れたお腹を擦りながら出口に向かった。
「つくし先輩、ありがとうございます。おやすみなさい。」
「うん。おやすみ!明日の集合に遅れないようにね。」
花澤はこちらに軽く手を振ると、資料室のドアを閉めた。俺はフゥと息を吐くと眠気を覚ます為に頬を強めに叩いた。そしてパソコンに向かう。
そこには本当に様々な情報が記録されていた。他国のメンバーのリスト、それぞれランク、戦闘スタイルや性格など事細かに分析されている。だが花澤の言っていた通り、それぞれ顔写真は無く、名前だけの表示となっている。
国別総合ランク?なんだこれは?
俺はふと目に留まったそのフォルダをクリックする。そこには戦闘勝率が高い順番に各国の総合ランキングが掲載されている。審査は国連の委員会が行っているとのことだ。
1、ドイツ
2、アメリカ
3、ロシア
4、日本
5、イギリス
6、中国
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俺たちのチームってこんなに上位に入ってるのか。俺は思わず画面を食い入るように見る。元々日本は国連の法案には反対している立場だったと研修で聞いていた。戦争を放棄した日本がこの順位に居ることは他の国からしたら皮肉以外のなんでもないだろう。
とはいえ正直、日本チームが世界の精鋭達の中で戦っていけるのかは疑問だ。とても戦っていけるようなメンバーには見えない。どこか気が抜けてるような雰囲気がするし、団長はなにもしてないし。俺は急に不安になる。
俺は一度パソコンの閲覧を中断し、棚に収納されている戦闘結果の資料を手に取った。手に汗をかく。ここに俺の知りたい情報が載っているかもしれないのだ。俺は恐る恐るその資料を開いた。そして約一年前の戦闘記録を探し始める。
「……あった。」
俺の声は広い部屋に少し反響する。
そこには相手国の名前が記載されている。ロシアだ。戦闘競技:フラッグ。死亡者:日本2人、ロシア1人。
次のページを開く。そこには姉の名前が載っていた。
“死亡: 鳥海ハルカ 22歳 死因 : ”
ん?俺はその記載に違和感を覚える。その下にはもう一人の死亡者の名前がある。
“死亡: 竜胆秀作 43歳 死因: 敵の銃弾による脳挫傷 ”
竜胆?俺は混乱して上手く頭が働かない。竜胆という名前。記載されていない姉の死因。これは偶然なのか?
竜胆なんて珍しい苗字が被るなんてあり得るのか?
姉が死んだ事と、この竜胆という人が死んだことに因果関係はあるのか?
団長が俺に姉のことを教えない理由と関係あるのか?
何があったのというのか。どういうことだ?わからない。わからない。わからない。
「…何なんだよ!これは!」
俺は興奮して資料を床に散らした。その時、ふと気付く。呼吸が上手く出来ない。過呼吸だ。俺は必死に落ち着こうとするが、一人ではどうすることもできない。段々頭がぼんやりしてきた。フラフラ歩き、内線になんとか手を伸ばすが、痺れて力が入らない。薄れ行く意識の中で、誰かが資料室に入ってくる音がする。それが誰かはわからない。何も…わからない。
…………姉さん…。
俺は小さく呟いた。